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2013年3月

2013年3月31日 (日)

第30回国際心理学会議(ICP2012 in Cape Town)にみる批判心理学の位置

 国際心理学会議ICPは1889年に第1回パリ会議が開催されて以来,120余年の歴史をもつ心理学界で最も重要な学術会議のひとつです.

 2012年に第30回会議が南アフリカのケープタウンで開催されました.

 この会議では43の発表カテゴリーに分かれ,数多くの研究が報告されました.その中でアルファベット順でclinical psychologyやcoginitive psyhologyなどに続き,critical psychologyも発表カテゴリーとして採用されていました.

 critical psychologyの発表カテゴリーでは,下記のキーワードに関連するたくさんの研究報告を聴くことができました.

  キーワード:心理学実践と応用のポリティクス,心理学知識のポリティクス,社会の中の心理学,心理学が営まれる文脈の批判的検討,権力,言語,人種,文化,アイデンティティ,批判的な研究方法

 日本では未だあまり知られていませんが,国際的な心理学界において批判心理学が一定の認知を得ていることがうかがわれます.

 アパルトヘイト下の南アフリカでは,黒人などへの差別を制度的に支える教学として心理学が重要な役割を果たしていました.そのため,ポスト・アパルトヘイト時代を迎えた南ア社会で心理学のあり方が批判的に討議されるのは,当然のことといえます.

 ケープタウン国際心理学会議の運営を担った南アフリカの心理学者によると,当地で批判心理学が盛んなことが,批判心理学が発表カテゴリーに含まれた理由の一つだそうです.

 2016年に横浜で国際心理学会議が開催されますが,critical psychologyは発表カテゴリーとして採用されていません.ICP2012の会場で配られていたICP2016のパンフレットを見て,発表カテゴリーの一覧表にcritical psychologyが含まれていないことを知った南欧の批判心理学者から,その理由を問われたことを覚えています.日本で批判心理学の意義を認める心理学者が稀なため,検討の対象にならなかったのでしょう.私たちの力不足も一因です.

 ケープタウン国際心理学会議を成功に導いた南アフリカの批判心理学たちに,極東から謝意を表します.

2013年3月27日 (水)

批判心理学研究会の2012年度の活動記録です

 2010年秋に日本心理学会の研究会助成制度の助成を得て発足した,批判心理学研究会の2012年度の活動を下記に記します.

 批判心理学研究会が主催もしくは共催した企画です.

・2012年9月 日本心理学会大会ワークショップ 「現代批判心理学の諸相」 専修大学生田キャンパス
・2012年9月 日本心理学会大会ワークショップ 「21 世紀の心理学史と批判心理学」 Adrian Brock教授(ダブリン大学)にレクチャーしていただきました.専修大学生田キャンパス.
・2012年11月 セミナー「批判心理学,フェミニスト心理学,そしてディスコース分析」  Ian Parker教授(Discourse Unit)とErica Burman教授(マンチェスター大学)にレクチャーしていただきました(明治学院大学 井上孝代研究室との共催).明治学院大学白金キャンパス
・2012年11月 セミナー「Dimensions of Discourse Analysis」  Ian Parker教授とErica Burman教授にレクチャーしていただきました(東京大学 能智正博研究室との共催).東京大学本郷キャンパス
・2013年3月 日本発達心理学会ラウンドテーブル 「ドイツ批判心理学の可能性II:クラウス・ホルツカンプによる主体科学としての学習理論」 明治学院大学白金キャンパス

 少数のメンバーによる小規模な研究会としては,なかなかよく頑張ったのではないかと自賛しています.

 ご協力いただいた皆さま,本当にありがとうございました.

 2013年度の見通しは必ずしも明るくはありませんが,できる限りがんばっていきたいと思います.

2013年3月23日 (土)

批判心理学に関する英語論文の集成:Ian Parker(編)『Critical Psychology 』(4巻,Routledge,2011)

 批判心理学の多様な側面を知るには,イギリスの批判心理学者Ian Parkerの編集による下記の論文集(全4巻)が参考になります.

Critical Psychology (Critical Concepts in Psychology)
Routledge (2011)
 80数本の歴史的に重要な論文が4冊にまとめられています.各巻のタイトルは下記のとおりです.

Volume I: Dominant models of psychology and their limits
Volume II: Contradictions in psychology and elements of resistance
Volume III: Psychologization and psychological culture
Volume IV: Alternatives and visions for change

 英語圏だけでなくフランスやドイツ,ラテンアメリカ,南アフリカ出身者による論考を含みます.

 4巻で10万円ほどと高額です.図書館などで閲覧されるとよいでしょう.

2013年3月21日 (木)

待望されたKlaus Holzkamp英訳論文集が刊行されました.

 ドイツ批判心理学(ベルリン学派)を主導したKlaus Holzkamp(1927-1995)の英訳論文集が,ついに刊行されました.

 今後,国際的な舞台でHolzkampの仕事は今までより,ずっとよく知られるようになることでしょう.1980年代から企画されていながら,引き受けてくれる出版社がみつからず,またドイツ語からの英訳が難しいなどの理由で長い時間を要したと伺っています.

 この企画を成し遂げたドイツやデンマーク,北米の心理学者にこころから敬意を表します.そのうちの幾人かは,私にとって大切な友人でもあります.

Psychology from the Standpoint of the Subject: Selected Writings of Klaus Holzkamp (Critical Theory and Practice in Psychology and the Human Sciences)
Klaus Holzkamp (著), Ernst Schraube (編集), Ute Osterkamp (編集), Andrew Boreham (翻訳) Palgrave Macmillan (2013)

 またTheory&Psychology誌が4年前に特集German Critical Psychology: Interventions in Honor of Klaus Holzkamp を組んでいます (Painter,D, Marvakis,A,& Mos,L, Eds.,April 2009; 19 (2) ).近年のベルリン学派の問題関心を窺うことができます.
 Holzkampの遺産を,様々な障壁を乗り越えて各地で継承している研究者の仕事は日本の心理学者に多くの示唆を与えてくれます.
 
 

2013年3月20日 (水)

エリカ・バーマン著「発達心理学の脱構築」(ミネルヴァ書房)が刊行されました.

 Erica Burman先生(マンチェスター大学)はフェミニスト心理学や批判心理学,ディスコース分析を代表する研究者の一人です.

 同書は発達心理学を批判的に検討する意義を例証した名著として知られています.私も一部,翻訳を担当しました.

 目次を下記にお示しします.

 起源
 第1部 主題の構成:乳幼児期を研究する,社会性を帰属させる,子どもについての言説,
 模範(models)と混乱(muddles),乳幼児期のジレンマ
 第2部 社会的発達と養育の構造:なじみのある仮定,愛の絆‐愛着のジレンマ,父親の関与
 第3部 コミュニケーションの発達:言語を話す,育児の会話の言説,発達研究における言語と権力
 第4部 認知発達‐合理性をつくる,Piaget,Vygotskyそして発達心理学,子ども中心の教育‐移行と連続,道徳性と発達の目標

発達心理学の脱構築

 Burman先生の共著書「質的心理学研究法入門:リフレキシビティの視点」(新曜社 2008)も,1990年代以降の心理学における質的研究運動の先駆けとなった好著です.

 質的研究の哲学やディスコース分析などの方法論が詳しく説明され,批判心理学やメタ学問としての理論心理学に豊富な示唆を与えてくれます.

 目次をお示しします.

第1章 質的研究 / 第2章 観察 / 第3章 エスノグラフィー / 第4章 インタビュー / 第5章 パーソナル・コンストラクト・アプローチ / 第6章 ディスコース分析 / 第7章 アクションリサーチ / 第8章 フェミニスト研究 / 第9章 評価の問題 / 第10章 レポートの執筆

質的心理学研究法入門―リフレキシビティの視点

批判心理学とは何か:『心理科学』誌の批判心理学特集

 批判心理学に関する邦語文献は稀です.

 拙論文「批判心理学とは何か:現代批判心理学運動と日本における可能性」は,近年の国際的な批判心理学の展開を概観しています.『心理科学』誌(第32巻第2号,2011)に掲載されました.

 批判心理学に関心をお持ちの方に,導入としてこれをおすすめします.20世紀末以来,国際的運動となった批判心理学の特徴や起源,日本における意義などを論じています.

  『心理科学』誌(第32巻第2号)は批判心理学特集を組んでいます.日本の批判心理学の現況を知るうえで好適です.

理論心理学,批判心理学とは?

理論心理学と批判心理学

 理論心理学(theoretical psychology)は,今日ではさまざまに分化した心理学の多くの専門領域のひとつです.
 理論的問題を研究主題とするため,心理学の一領域でありながら,その全体をみわたす視座から研究活動を展開しています.
 心理学に関する理論的問題は19世紀の最後の四半世紀の間に,大学における制度的学問として心理学が成立して以来,諸国の研究者の関心を集めてきました.

 しかし「理論心理学」という言葉は多義的で,どのような心理学なのか分かりにくい,という声も聞きます.

 国際理論心理学会(International Society for Theoretical Psychology)に集う研究者の多くは,理論心理学とは「心理学のメタ学問」である,と考えています.
 心理学史や心理学の哲学・社会学などを探究し,今日までに心理学が生み出した数多くの理論と研究方法論を比較検討し,理論構成にかかわる諸問題を考察して,新たな理論の構築を含め新しい心理学を目指しています.

 現行の心理学を変革しようと企図する批判心理学者にとって,理論心理学がもたらす既存の心理学の歴史や哲学,社会的位置などの描像は研究を含む様々な批判的実践の出発点です.
 理論心理学者は
国際理論心理学会(ISTP,1985年創設)やアメリカ心理学会 理論的/哲学的心理学部会(第24部会,1963年創設)などで,メタ学問的研究に取り組んでいます.代表的な学術誌に Theory&Psychology 誌や Journal of Theoretical and Philosophical Psychology 誌があります.



現代批判心理学運動

 心理学のメタ学問としての理論心理学は,批判心理学(critical psychology)の基礎となるものです.「批判」という言葉は,特に日本語ではネガティブな印象をもたれやすいようです.
 しかし,批判心理学は他者の活動をただ批判するような後ろ向きの心理学ではありません.

 20世紀は「心理学の世紀」だった,と言われます.前世紀をとおして心理学は多方面に発展し,大学における研究のようなアカデミックな領域でも,産業や教育,軍事,司法,医療,福祉,行政など様々な社会セクターにおいても心理学の存在感が高まっています(心理学化の進行).
 心理学は各種の教科書に記されているような数多くの成果をもたらしました.それは心に関する学問を推進し,人々の生活にとって有用な多くの知識や技術を産出してきました.

 しかし,「客観的で科学的な人間一般の心理学」のよそおいのもとで特定の文化的,社会的価値を自然化し,日常生活の中で人々の内的性質を管理・統制して主観性と実生活にときに偏った影響を及ぼすなど,その負の側面にも目を向ける必要があります.

 現行の心理学が人間の幸福や福祉に寄与しているか(反対に幸福や福祉を阻害していないか),心理学研究をとらわれのない立場から推進しているか,といった視点から,心理学と心理学者の営みを批判的に検討して,新しい心理学のあり方を探究する研究者は稀ではありません.

 批判心理学は現行の心理学がかかえている様々な問題(理論構成,研究や心理臨床などの実践,心理検査などの心理学的所産,心理学の教育や制度,社会との関係など)を検討し,解決しようとしています.
 そのために理論心理学が様々なリソースをもたらしてきました.
 

 批判心理学はある特定の学派や理論や方法ではありません.上記のように既存の心理学を変えようと取り組むスタンスが批判心理学を特徴づけています.批判心理学者の多くは,心理学と自分自身を反省的に振り返るリフレキシビティを共有しています.

 こうした立場にたつ欧米やラテンアメリカ,アフリカ,アジアの心理学者が方法や理論などの相違を越えて近年,連携するようになりました.これを私は20世紀末以降の世界の心理学の特徴のひとつと捉え,「現代批判心理学運動」と呼んでいます.

 諸国の批判心理学者が取り組む課題も,そのために採用する方法も理論的リソースも多様です.
 フェミニスト心理学や解放の心理学,ポスト構造主義心理学,社会構成主義,反人種差別の心理学,質的心理学,ポストコロニアル心理学,LGBTQ心理学,ドイツ批判心理学(ベルリン学派),批判的コミュニティ心理学,メタ学問としての理論心理学,新しい心理学史などの立場から「批判的に心理学に取り組むdoing
psychology critically」研究者が多いようです.

  こうしたことから英語表記では‘critical psychology’ではなく,‘critical psychologies’と複数形で表すことも少なくありません.


おすすめの文献

 批判心理学と理論心理学を詳しく知るには,下記の文献が役に立ちます.

Parker, I. (Ed.) (2015) Handbook of Critical Psychology (Routledge International Handbooks). Routledge.

Teo, T. (Ed.) (2014) Encyclopedia of Critical Psychology (4 vols.). New York: Springer.

Teo, T. (2015, January 26) Critical Psychology: A Geography of Intellectual Engagement and Resistance. American Psychologist. Advance online publication.

Dafermos, M., Marvakis, A., Mentinis, M., Painter, D. and Triliva, S. (Eds.) (2013) ‘Critical psychology in a changing world: building bridges and expanding the dialogue (Special issue)’, Annual Review of CriticalPsychology,10. (https://discourseunit.com/annual-review/10-2013/)

五十嵐靖博 (2011) 「批判心理学とは何か:現代批判心理学運動と日本における可能性」.心理科学,第32巻第2号.

五十嵐靖博 (2004) 「理論心理学:心理学のメタサイエンス」 (『入門マインドサイエンスの思想:心の科学のための現代哲学入門』(新曜社)に所収)



批判心理学セッション

 批判心理学研究会は2010年から日本心理学会の年次大会などでシンポジウムを開いてきました.
 2017年10月に批判心理学にかかわる様々な主題を自由に発表し,討議する場として批判心理学セッションを始めました.批判心理学研究会が主催します.
 批判心理学に関心をおもちの方は,どなたでも参加できます.

 気軽に,前向に批判心理学について語り合いましょう.
 セッションは隔月で開かれます.各セッションの日時やプログラムなどの詳細は随時,当ブログでお知らせします.

 

 

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