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2013年3月20日 (水)

理論心理学,批判心理学とは?

 理論心理学(theoretical psychology)という専門用語は多義的で,どのような心理学なのか分かりにくいようです.

 国際理論心理学会(International Society for Theoretical Psychology)に集う研究者の多くは,理論心理学とは「心理学のメタ学問」である,と考えています.心理学史や心理学の哲学・社会学などを検討し,今日までに心理学が生み出した様々な理論と理論構成にかかわる諸問題を考察して,新たな理論の構築を含め新しい心理学を目指しています.

 現行の心理学を変革しようと企図する批判心理学者にとって,理論心理学がもたらす既存の心理学の歴史や哲学,社会的位置などの描像は研究を含む様々な実践の出発点です.国際理論心理学会(ISTP,1985年創設)やアメリカ心理学会 理論・哲学心理学部会(第24部会,1963年創設)などで,メタ学問的研究に取り組んでいます.代表的な学術誌に Theory&Psychology 誌や Journal of Theoretical and Philosophical Psychology 誌があります.

 心理学のメタ学問としての理論心理学は,批判心理学(critical psychology)の基礎となるものです.「批判」という言葉は,特に日本語ではネガティブな印象をもたれやすいようです.しかし,批判心理学は他者の活動をただ批判するような後ろ向きの心理学ではありません.

 20世紀は「心理学の世紀」だった,と言われます.前世紀をとおして心理学は多方面に発展し,大学における研究のようなアカデミックな領域でも,産業や教育,軍事,司法,医療,福祉,行政など様々な社会セクターにおいても心理学の存在感が高まっています(心理学化の進行).
 心理学は教科書に記されているような数多くの成果をもたらしました.それは心に関する学問を推進し,人々の生活にとって有用な多くの知識や技術を産出してきました.

 しかし,「客観的で科学的な人間一般の心理学」のよそおいのもとで特定の文化的,社会的価値を自然化し,日常生活の中で人々の内的性質を管理・統制して主観性と実生活にときに偏った影響を及ぼすなど,その負の側面にも目を向ける必要があります.
 現行の心理学が人間の幸福や福祉に寄与しているか(反対に幸福や福祉を阻害していないか),心理学研究をとらわれのない立場から推進しているか,といった視点から,心理学と心理学者の営みを批判的に検討して,新しい心理学のあり方を探究する研究者は稀ではありません.

 批判心理学は現行の心理学がかかえている様々な問題(理論構成,研究や心理臨床などの実践,心理検査などの心理学的所産,心理学の教育や制度,社会との関係など) を検討し,解決しようとしています.
 そのために理論心理学が様々なリソースをもたらしてきました.

 批判心理学はある特定の学派や理論や方法ではありません.上記のように既存の心理学を変えようと取り組むスタンスが批判心理学を特徴づけています.批判心理学者の多くは,心理学と自分自身を反省的に振り返るリフレキシビティを共有しています.

 こうした立場にたつ欧米やラテンアメリカ,アフリカ,アジアの心理学者が方法や理論などの相違を越えて近年,連携するようになりました.これを私は20世紀末以降の世界の心理学の特徴のひとつと捉え,現代批判心理学運動と呼んでいます.

 諸国の批判心理学者が取り組む課題も,そのために採用する方法も理論的リソースも多様です.
 フェミニスト心理学や解放の心理学,ポスト構造主義心理学,社会構成主義,反人種差別の心理学,質的心理学,ポストコロニアル心理学,LGBT心理学,クイア理論,ドイツ批判心理学(ベルリン学派),批判的コミュニティ心理学,メタ学問としての理論心理学,新しい心理学史などの立場から「批判的に心理学に取り組むdoing psychology critically」研究者が多いようです.

  こうしたことから英語表記では‘critical psychology’ではなく,‘critical psychologies’と複数形で表すことも少なくありません.

おすすめの文献
 批判心理学について詳しく知るには,下記の文献が役に立ちます.

Parker, I. (Ed.) (2015) Handbook of Critical Psychology (Routledge International Handbooks). Routledge.


Teo, T. (Ed.) (2014) Encyclopedia of critical psychology (4 vols.). New York: Springer.

Teo, T. (2015, January 26) Critical Psychology: A Geography of Intellectual Engagement and Resistance. American Psychologist. Advance online publication.

Dafermos, M., Marvakis, A., Mentinis, M., Painter, D. and Triliva, S. (Eds.) (2013) ‘Critical psychology in a changing world: building bridges and expanding the dialogue (Special issue)’, Annual Review of CriticalPsychology,10. (https://discourseunit.com/annual-review/10-2013/)

五十嵐靖博 (2011) 「批判心理学とは何か:現代批判心理学運動と日本における可能性」.心理科学,第32巻第2号.

五十嵐靖博 (2004) 「理論心理学:心理学のメタサイエンス」 (『入門マインドサイエンスの思想:心の科学のための現代哲学入門』(新曜社)に所収)

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