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2014年12月

2014年12月26日 (金)

オーストラリアの批判心理学

 批判心理学に関する論文を専門的に掲載している
Journal of Critical Psychology, Counselling and Psychotherapy 誌が,オーストラリアの批判心理学の特集号を刊行しました.

 オーストラリアはニュージーランドとともに批判心理学が盛んです.
 アボリジニーや移民への差別や貧困,心理学の倫理,新自由主義経済政策の影響などの問題を含む多くの主題に批判心理学者が取り組んできました.

  書誌情報と掲載された論文のリストを下記にお示しします.

 Journal of Critical Psychology, Counselling and Psychotherapy. Special Issue: Australia (Edited by David Fryer and Craig Newnes) Volume 14, Number 4, December 2014

 Editorial (David Fryer and Craig Newnes)


 What is it to Be Critical in Relation to Psychology? (David Fryer)


 Disabling the First People: Re-scientized racism and the indigenous mental health movement (Pat Dudgeon & Abigail Bray)


 Constructing Critical Thinking with Psychology Students in Higher Education: Opportunities and barriers (Rachael Fox)

 Getting on My Nerves: A memoir (Alec McHoul)

 Neo-liberal Austerity and Unemployment: Critical  psychological issues (David Fryer & Rose Stambe)

 Sexualisation, Childhood Innocence and the Moral  Purity of Middle-class Girls (Melissa Burkett)

 A Critical Consideration of the Use of Therapeutic Recordings in the Training and Professional Development of Psychologists (Andrea Lamont-Mills, Steven Christensen & Charlotte Brownlow)

 The Sydney Hedge School (Aidan Kelly, Moja Kljakovic, Meredith Medway, James Morandini & Jemma Todd)


2014年12月21日 (日)

心理学と貧困

 1990年代から新自由主義政策のもとで経済のグローバル化が進み,貧困の問題がいっそう深刻になりました.北側の先進国と南側の発展途上国の激しい格差は衝撃的です.
 また
豊かな先進国の内部でも富裕層と貧困層の間の格差が短期間で拡大し,貧しい人の生活条件は顕著に悪化しました.

 貧困が人の心に悪影響を与え,心身の健康を損なうことは言うまでもありません.このためコミュニティ心理学者や健康心理学者などの中から,貧困問題に取り組む研究者があらわれました.
 心理学は個人の内部の心を研究するものであり,社会や政治経済には係らないものだ,という意見もあります.個人主義や内部主義(認知主義)は今日の主流心理学の哲学的特徴です.

 しかし心を個人の内部に閉じた認知的過程と捉える見方を越えて,他者やコミュニティや社会や政治経済的構造と心の関係を検討する心理学者もいます.こうした立場に立つ批判心理学者は稀ではありません.

 貧困は多くの人の生活を破壊し,不幸をもたらす重大な問題です.貧困は暴力や紛争の原因となり,その解決を困難にしています.

 日本社会でも女性や子どもの貧困や次世代に及ぶ貧困の連鎖,非正規雇用の増加,福祉の切り下げなど身近にこの問題が迫っています.貧困は心理学者が主要なテーマとすべきもののひとつです.
 心理学の視点から貧困問題に取り組んだ研究として,下記がしばしば引用されます.
 
Carr,S.C. & Sloan,T.S. (eds). Poverty & Psychology: From Global Perspective to Local Practice. New York: Kluwer-Plenum (2003).

 またAustralian Community Psychologist誌が昨年,貧困に関する特集を組みました.ここに掲載された論文も様々な示唆を与えてくれます.

  Fryer,D. & McCormack,C. (Eds.). (2013). Psychology and poverty reduction. Australian Community Psychologist. Special Section, 25(1).

 下記のサイトからダウンロードできます.
 
https://groups.psychology.org.au/GroupContent.aspx?ID=4393#V25N1

 イギリスの批判心理学者 David Harper による貧困とディスコースに関する下記の論評記事は,分かりやすく手軽に読めます.
  Poverty:Who is to blame? 
 (
http://inesad.edu.bo/developmentroast/2013/01/guest-roast-poverty-who-to-blame/)

2014年12月10日 (水)

アメリカ上院がCIAの強化尋問技法(心理学的拷問)の効果を否定するレポートを公表しました

 当ブログでこれまでに二度,強化尋問技法を用いた過酷尋問を取り上げましたが,アメリカ上院インテリジェンス特別委員会がCIAがテロ容疑者に行った過酷尋問の効果を否定するレポートを公表しました.

 9.11後にアメリカが主導した対テロ戦争において,
「強化尋問技法(EIT)」を用いて過酷な尋問が行われていました.

 ジュネーブ条約が保障する捕虜として保護される権利をブッシュ政権によって否定され,国際法によってもアメリカの国内法によっても保護されない「違法な敵性戦闘員」とされたテロ容疑者が,アメリカ国外に設置された秘密収容施設で過酷な尋問を受けてきました.

 CIAや国防総省などアメリカの軍事防諜部門は1950年代から心理学に着目して研究資金を心理学者に提供し,研究成果を活用してきました.心理学の教科書で広く知られるD.ヘッブの感覚剥奪実験はその一例です.
  ヘッブは細胞集成体(cell assembly)の理論を提唱し,脳の可塑性に関する「ヘッブの法則」で知られる20世紀を代表する実験心理学者のひとりです.感覚刺激と脳の機能の関係に関心をもっていた彼は軍事セクターから資金を得て,この有名な実験を行いました.

 対テロ戦争では,これらを踏まえて心理学者らが開発しパッケージ化した尋問技法が用いられてきました.「過酷尋問」は実質的には心理学的拷問です.尋問を受けた人の身体に拷問の痕跡が残らなくても,長期にわたって心に重大な障害が生じます.

 また尋問者にとって,物理的な暴力を振るうよりも容易な方法です.被尋問者を狭い部屋で孤立させたり,腕を固定してしゃがんだ姿勢を続けるなど不自然な姿勢(ストレス・ポジション)を強いて苦痛を与えたり,大音量の騒音で感覚に過剰な刺激を与え続ければ,被尋問者の心身に深刻なダメージを与えられるのです.

 睡眠剥奪や孤立,ストレス姿勢の強要,性的侮辱,脅迫,自尊心の否定,水責めなどを含む尋問の違法性と重大な
人権侵害を米上院が糾弾しています.
 拷問の苦痛から逃れるために虚偽の自白を強いられるため,テロに関する正しい情報を得ることもできず,強化尋問技法を用いた尋問は有効な手法ではなかったと結論づけています.

 CNNやBBC,NHKなど多くのニュースメデイアが米上院インテリジェンス委員会の報告(ファインシュタイン報告)を詳しく報道しています.

 手軽に概要を知るにはCNNの日本語サイトの下記の記事が便利です.
 「CIAの拷問は「成果なし」 実態調査で分かったポイント」(http://www.cnn.co.jp/usa/35057693.html)

 既存の知見を活用して「強化尋問技法」を開発し,パッケージ化して実用に供した2人のアメリカの心理学者は,アメリカ空軍の
SEREプログラムの出身者です.
 このプログラムは兵士が敵に捕えられ尋問されたときに,生存(Survival)し,回避(Evasion)し,抵抗(Resistance)し,逃走(Escape)する訓練を行っています.
 朝鮮戦争で捕虜になった米兵が容易に「洗脳」されたことは,アメリカの軍事当局に衝撃を与えました.この経験が
SEREプログラムの開発を促しました
 また旧ソ連で赤軍がスパイ容疑者に対してストレス姿勢などを強いて尋問を行っていることも軍事防諜関係者の間で知られていました.
 尋問(拷問)もそれに対する対策も,心理学など行動科学と深くかかわっています.

 アメリカ軍の2人の心理学者は研究を業とする専門家だったわけではありません.
 アルカイダが尋問に抵抗するマニュアルを備えていることを知ったアメリカの軍事防諜当局は,テロ容疑者を取り調べる新たな方法を探していました.自軍でSEREプログラムにたずさわっている心理学者が適任だと考え,尋問技法を開発するよう委託しました.
 彼らは既存の心理学知識を活用し,また
被尋問者から情報を得るために元来,尋問者に対抗するために作られたSEREプログラムを「逆用」して強化尋問技法としてパッケージ化しました.

 2人の心理学者は2005年に軍事コンサルテーション会社を設立して軍と契約を結んで尋問に関与し,2009年までに米政府から8100万ドルの報酬を受け取った,と報道されています.アルカイダ幹部など重要な容疑者の尋問を自ら行ったそうです.
 しかし,彼らはアルカイダや対ゲリラ作戦,イスラム教や当地の文化や言語などについて詳しい知識を備えていなかったそうです.効果的な尋問を行いうる専門家ではなかったようです.
 下記のサイトで,そのうちのひとりの軍事心理学者へのインタビューを視聴できます.
  https://www.youtube.com/watch?v=MmNUi0itl-8

 日本でも有名な心理学者(元アメリカ心理学会会長)が,この軍事企業の取締役に就いていたと報道されています.

 BBCの報道によれば,この2人の心理学者は「学習性無気力(learned helplessness)」をモデルとして尋問技法を考案したそうです.睡眠を奪い知覚を混乱させ,自尊心を否定する過酷な処遇によって,無気力や絶望感を学習させ尋問者の言うなりにしようと考えたようです.
 イヌを被験体とした
学習心理学の実験を行って学習性無気力を発見し,理論化したアメリカの心理学者M.セリグマン(元アメリカ心理学会会長)がこの2名の心理学者に助言した,とも報道されています. 


 詳細については拙論文「心理学と社会的実践:批判心理学と理論心理学の立場から」をご覧ください.「心理科学」34巻2号(2013)に掲載されました.

2014年12月 6日 (土)

フェミニスト心理学を知るには: Psychology's Feminist Voices

 フェミニスト心理学は長年にわたり,認知行動主義などの主流心理学がかかえている問題点を明らかにして,それに代わる新たな心理学のあり方を探究してきました.
 1990年代に始まった国際的な批判心理学運動を最初に牽引したのはイギリスや北米のフェミニスト心理学者たちでした.
 
 著名なフェミニスト心理学者が行ってきた研究や教育や心理臨床,社会的活動などの実践を
オーラル・ヒストリーの視点から記録するためPsychology's Feminist Voices は著名な心理学者にインタビューを行いこれを公開しています(www.feministvoices.com).

      Psychology's Feminist Voices

 下記のサイトで視聴できます.英語によるインタビューのみで日本語字幕はついていません.
 しかし,アカデミックな領域でも現実の世界でも
何十年もの長い間,困難な状況下で実践に携わってきたフェミニスト心理学たちの言葉は一聴に値します.是非,おすすめします.
https://www.youtube.com/watch?v=Fm14F3vabhw&list=UUETkoMKmpKHZDaalZM3Jd6w&index=1


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