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2015年4月

2015年4月29日 (水)

批判健康心理学のための質的研究テキスト:「Qualitative Research in Clinical and Health Psychology」,Rohleder & Lyons(Eds.), 2014

 さまざまなタイプの質的心理学の教科書が,たくさん刊行されています.

 1980年代に社会科学の諸分野で質的研究に対する関心が高まり,一部の心理学者もインタビューやフォーカス・グループ,フィールドワークなどの質的方法を用いて研究を行うようになりました.
 認知行動主義的アプローチに依拠する主流心理学は,実験室実験や大規模な質問紙法などの量的方法を「正当な心理学研究法」と見なしてきました.
 そのため質的方法を用いて研究を行うことが,そのまま主流心理学に対する批判になった時期がありました.
 P.バニスター,E.バーマン,I.パーカーらイギリスの批判心理学者による 「質的心理学研究法入門:リフレキシビティの視点」( 新曜社,2008,原著は1994年刊行)は,その先駆けでした.
 心理学史家の視点から,1990年代に各地の心理学者によって質的研究運動が興った,とみることもできます.

 批判心理学の立場からなされた質的研究の実際を知るための最新のテキストとして,下記をおすすめします.

 Rohleder,P. & Lyons,A.C. (Eds.)  'Qualitative Research in Clinical and Health Psychology'. 2014, Palgrave Macmillan.

 この本の諸章を書いた著者の多くは,批判健康心理学者として活躍しています.国際批判健康心理学会(ISCHP)がそのための舞台です(http://www.ischp.net/).
 同書から批判健康心理学のアプローチにもとづいて,臨床的問題を質的方法を用いて研究した豊富な経験から書かれた本,といった印象を受けます.

 具体的な事例をもとに質的研究の哲学から個々の方法まで,幅広く説明しています
 個人的には特に,フェミニスト心理学者として有名な Jane Ussher 教授(ウェスタン・シドニー大学)が同僚とともに執筆したディスコース分析の章(13章)を興味深く読みました.イギリスの心理学者によってディスコース分析は,ディスコース心理学とフーコー派ディスコース分析の2系統へと発展しました.
 しばしば引用されるPMSに関する研究など,Ussher教授がこれまでに行ってきた研究が例として挙げられ,ディスコース分析を分かりやすく説明しています.Ussher教授の仕事の詳細については,次のサイトが参考になります.
 http://www.uws.edu.au/staff_profiles/uws_profiles/professor_jane_ussher

 また,質的研究の認識論(2章)や批判的視点からみた研究倫理(3章),文化と言語(4章),Qメソッドによる質的研究(16章)など,おもしろいテーマが並んでいます.

 下に目次をお示しします.

Rohleder,P. & Lyons,A.C. (Eds.)  'Qualitative Research in Clinical and Health Psychology'. 2014, Palgrave Macmillan.

1. Introduction: Qualitative Research in Clinical and Health Psychology; Poul Rohleder and Antonia C. Lyons

PART I: ISSUES IN QUALITATIVE RESEARCH
2. Epistemology and Qualitative Research; Kerry Chamberlain
3. Ethical Issues in Qualitative Research; Poul Rohleder and Charlotte Smith
4. Thinking about Culture and Language in Psychological Research and Practice; Leslie Swartz
5. Ensuring Quality in Qualitative Research; Gareth Treharne and Damien Riggs
6. Approaches to Collecting Data; Antonia C. Lyons

PART II: QUALITATIVE METHODS: EXPLORING INDIVIDUAL WORLDS
7. Thematic Analysis; Virginia Braun, Victoria Clarke and Gareth Terry
8. Grounded Theory; Alison Tweed and Helena Priest
9. Narrative Research; Michael Murray and Anneke Sools
10. Phenomenological Psychology; Michael Larkin
11. Psychoanalytically Informed Research; Kerry Gibson

PART III: QUALITATIVE METHODS: EXPLORING SOCIAL WORLDS
12. Conversation Analysis; Chris Walton and Mick Finlay
13. Discourse Analysis; Jane Ussher and Janette Perz
14. Ethnography; Juliet Foster
15. Participatory Research; Cathy Vaughan

PART IV: COMBINING QUALITATIVE AND QUANTITATIVE DATA
16. Q Methodological Research; Wendy Stainton-Rogers
17. Mixed Methods Research and Personal Projects Analysis; Kerryellen Vroman


             Qualitative Research in Clinical and Health Psychology

 

2015年4月14日 (火)

T.テオの論文「批判心理学:知的エンゲージメントと抵抗の地理学」,American Psychologist,2015.

 近年,批判心理学に対する関心が高まり,これを紹介する文献が増えています.

 アメリカ心理学会の旗艦的ジャーナル American Psychologist 誌が,トーマス・テオ教授(ヨーク大学,カナダ)による下記のレビュー論文を掲載しました.
 Teo, T. (2015, January 26). Critical Psychology: A Geography of Intellectual Engagement and Resistance. American Psychologist. Advance online publication.

 十数ページのなかで今日,世界で展開する多様な批判心理学の動向を論じた好論文です.
 「批判心理学:知的エンゲージメントと抵抗の地理学」というタイトルの下,批判心理学が取り組む主題を背後から支える種々の知的伝統や,北米やヨーロッパやラテンアメリカ,アフリカの批判心理学とそれらの理論的リソース,心理学実践の特徴などを説明しています.(アジアの存在感が薄いのが,いささか残念なところです.私ももっと,頑張らなければなりません.)

 著者のテオ教授はオーストリアで育ち,ウィーン大学で心理学を専攻して大学院を修了し批判心理学に取り組み始めました.広くドイツ語圏の批判心理学に通じています.
 その後,ヨーク大学(トロント)で20年近く教育研究に携わる過程で,北米の批判心理学と理論心理学をリードするようになりました.白人ではなく中国系の出自であることも,北米やヨーロッパ中心の心理学観とは異なる視座を培ったようです.
 
ヨーク大学は理論心理学や心理学史を専門とする大学院プログラムをもつ数少ない教育機関のひとつです.ここで教授として教育研究を行い,国際理論心理学会(ISTP)の会長として,またアメリカ心理学会 理論心理学部会の機関誌 Journal of Theoretical and Philosophical Psychology の編集長として理論心理学と批判心理学を推進してきました.
 
 1月末に著者のご厚意によりこの論文を送呈いただき,一読して重要な論文だと気づきました.
 北米ではカナダに比べてUSAでは批判心理学はあまり受け入れられていない,と聞きます.
 「社会正義」や「心理学と社会の変革」といったキーワード,ポスト構造主義や社会構成主義,ポストコロニアル思想,フェミニズム,批判的人種理論,マルクス主義,クイア理論などに依拠するアプローチが「客観的な科学的心理学」への強い指向を特徴とするUSアメリカ心理学で容易に認められないことは,意外ではありません.

 しかし American Psychologist 誌がこの論文を掲載したことや昨年,アメリカ心理学会の公式ジャーナルとして Qualitative Psychology 誌が創刊されたことは,量的研究に代表される「実証主義的な科学」を重んじてきたUSアメリカ心理学が変わりつつあることを示唆しているようです.

 本論文は批判心理学の主題や方法や理論,それらの背景などについて多くのことを教えてくれます.豊富な引用文献はさらなる学習のために役に立ちます.
 短い頁数で緊密に書かれているため,背景知識をお持ちでないと文意を汲みにくい箇所があるかもしれません.
 この論文を精読する読書会やセミナーを開かれれば,批判心理学を詳しく理解できると思います.
 いかがですか?

 Acedemia.eduでこの論文にアクセスできます.
  http://yorku.academia.edu/ThomasTeo


 またテオ教授による下記の文献も,批判心理学や理論心理学を知るためにお薦めできます.
 Teo, T. (Ed.) (2014). Encyclopedia of critical psychology (4 vols.). New York: Springer.
 Teo, T. (2005). The critique of psychology: From Kant to postcolonial theory. New York: Springer Verlag.
  Walsh, R., Teo, T., & Baydala, A. (2014). A critical history and philosophy of psychology: Diversity of context, thought, and practice. Cambridge, UK: Cambridge University Press.


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