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2015年7月

2015年7月13日 (月)

アメリカ心理学会の報道発表:対テロ戦争における拷問への加担と謝罪と改革

 アメリカ心理学会(APA)が7月10日付で,過酷尋問(心理学的拷問)に関するプレスリリースを行いました.

 9.11後にアメリカが主導して始められた対テロ戦争において,ブッシュ政権が計画し認可して行われた「強化尋問技法」を用いた
テロ容疑者への過酷尋問にAPA会員が加担したこと,その事実を隠ぺいしてきたことを認めて謝罪し,こうした事態を防ぐため改革案を発表しました.
 詳細は下記のサイトをご覧ください.
Press Release and Recommended Actions: Independent Review Cites Collusion Among APA Individuals and Defense Department Officials in Policy on Interrogation Techniques
http://www.apa.org/independent-review/independent-review-release.aspx


 ニューヨーク・タイムズ紙上で対テロ戦争を遂行したブッシュ政権の諸政策とその影響を報道してきたジェームズ・ライゼン記者が昨年10月,
Pay Any Price: Greed, Power, and Endless War (Mariner Books,2014) を刊行し,APA幹部とCIAや国防総省,ホワイトハウス科学顧問などが過酷尋問を設計し実施していた,と指摘しました.
 APA幹部と軍事・情報当局が交わした多数の電子メールが,言い逃れのできない証拠となりました.

 2003年にガンタナモ基地(在キューバ)でのテロ容疑者に対する尋問について,国際赤十字委員会がアメリカ政府に捕虜の処遇を憂慮して懸念を伝えたころから,心理学者の過酷尋問への関与が問題になっていました.
 APAは9.11同時多発テロの後に軍事,諜報,捜査などの公的セクターとの結びつきをいっそう強めていきました.強化尋問技法による過酷尋問はその帰結です.

 アメリカ上院インテリジェンス委員会が12月に公開した報告書にもとづくAFP通信やCNN日本語サイトの記事が,人道に反する拷問の実際を記しています.
 心理学者が重要な役割を果たしていた事実が衝撃を与えています.

 全裸で監禁、水責め、直腸から栄養…CIAによる拷問の実態
 http://www.afpbb.com/articles/-/3033846

 CIAの拷問は「成果なし」 実態調査で分かったポイント
 http://www.cnn.co.jp/usa/35057693.html

 2002年にアルカイダ幹部だと目されていたアブ・ズベイダ容疑者(後にそうではないことが分かりました)がパキスタンで拘束され,テロ情報を求めて尋問が行われました.拘束時に銃撃を受け重傷を負った同容疑者の治療のためにアメリカ本土から外科医が急派され,治療後にCIAによってタイに設置された秘密収容施設へと移送されました.

 尋問の専門家を探していたCIAはアメリカ空軍のSEREプログラムで兵士の訓練を担当していた心理学者を選び,秘密収容施設へと派遣しました.敵軍に捕えられて尋問されたときに乗り切る手段を教えていた専門家が,尋問のすべを知っているだろうと考えられました.
 2人の心理学者は自らアルカイダ幹部に過酷尋問を行った,と報道されています.
 彼らが中心になって通常の尋問技法の制約(人権や人道に対する配慮です)を越えて「強化尋問技法」が作られ,ブッシュ政権の認可を得てCIAの秘密拘禁施設やガンタナモ基地などの収容施設で過酷尋問が行われました.
 後に9.11同時多発テロの首謀者とされるハリド・シャイク・モハメッド容疑者も2名の心理学者が尋問し,水責めを行ったとインタビューで述べています.

  自ら過酷尋問を行わなくても,国防総省の心理学者が「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」の中心メンバーとして尋問に立ち会い,その過程をモニターして尋問の仕方などを助言する役を担っていました.
 行動科学コンサルテーションチームがブッシュ政権の「拷問のレジーム」を支えました.


 ライゼン記者の報道は反響を呼び,APAは対応を迫られました.長年,APAはテロ容疑者の尋問と心理学の関係を問われると,「APAは過酷尋問には関与していない」,「国防総省やCIAなどと協働してはいない」と回答してきたのですが,もはやこうした対応では済まなくなりました.
 APA理事会はデビッド・ホフマン弁護士(元連邦検察官)に真相を究明する調査を委嘱しました.

 同弁護士による独立調査委員会の報告を受け,この報道発表を行いました.
 下記のサイトから,独立調査委員会による報告書をダウンロードできます.
  INDEPENDENT REVIEW RELATING TO APA ETHICS GUIDELINES, NATIONAL SECURITY INTERROGATIONS, AND TORTURE
  http://www.apa.org/independent-review/

 元APA会長やAPA科学政策部長などの幹部が,テロ容疑者を尋問する技法を求めていた国防総省やCIAの担当官に専門的知識を提供してきたこと,APA幹部がブッシュ政権の軍事・情報当局の意向に沿う方向にAPAの倫理指針を変更したこと,そうして心理学者がガンタナモ海軍基地などに設置された収容施設で行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)の主要メンバーとしてテロ容疑者の尋問に関与する道を開いていたこと,などが明らかになりました.

 「強化尋問技法」が国連反拷問条約やジュネーブ条約などが禁止する拷問であることは明らかです.
 人道に対する罪によって訴追されるのを免れるため,CIA首席弁護士や
ブッシュ政権のホワイトハウス法律顧問らは行動科学者(健康専門職者)が尋問をモニターして被尋問者の安全に配慮している,だから「過酷尋問(心理学的拷問)は拷問ではない,したがって拷問を禁止する内外の法令に違反しない」,という法理を構築しました.
 APAと心理学者の協力が,決定的な役割を果たしました.
 またCIAの内部でおこった拷問に反対し強化尋問技法に異議を唱える声を抑えるために,著名な心理学者(元APA会長など)が協力していた,と報道されています.

  アメリカ医学会やアメリカ精神医学会は拷問を明確に否定してきましたが,アメリカ心理学会は対テロ戦争において積極的に拷問に加担しました.
 強化尋問技法による過酷尋問はAPAの協力なくしては実現しなかっただろう,と言われています.医師や精神科医はその所属学会が尋問への加担を禁じたため,抑止効果をもちました.
 APAがこれを禁じていなかったため,国防総省は心理学者を活用しました.実際にはAPAはいっそう深く加担し,「心理学の倫理と国家安全保障に関する特別委員会」を設けて敢えて倫理指針を変更し,APA会員の尋問への加担を可能にしていたことが明らかになりました.

 この10年ほどの間,記者会見や集会など公の場でAPAの強化尋問技法への関与を否定してきたAPA倫理部長が辞職し(実際は自ら,中心的役割を果たしていました),さらなる人事的措置も検討されているそうです.

 しかし,問題は個々の心理学者にとどまりません.アメリカ心理学会の目的や心理学という学問(ディシプリン)のあり方が問われています.

 ニューヨーク・タイムズやガーディアンの報道記事で詳細を知ることができます.

Psychologists Shielded U.S. Torture Program, Report Finds
http://www.nytimes.com/2015/07/11/us/psychologists-shielded-us-torture-program-report-finds.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&module=first-column-region&region=top-news&WT.nav=top-news&_r=2

Editorial :Psychologists Who Greenlighted Torture
http://www.nytimes.com/2015/07/11/opinion/psychologists-who-greenlighted-torture.html?action=click&contentCollection=U.S.&module=RelatedCoverage&region=Marginalia&pgtype=article

US torture doctors could face charges after report alleges post-9/11 'collusion'
http://www.theguardian.com/law/2015/jul/10/us-torture-doctors-psychologists-apa-prosecution

Psychologists' collusion with US torture limited our ability to decry it anywhere
http://www.theguardian.com/commentisfree/2015/jul/11/american-psychological-association-report-collusion-us-torture-

‘A national hero': psychologist who warned of torture collusion gets her due
http://www.theguardian.com/law/2015/jul/13/psychologist-torture-doctors-collusion-jean-maria-arrigo

 アメリカ心理学会にとって,学会とディシプリンのあり方の根幹を問われる重大な局面を迎えました.
 これから最高意思決定機関である代議員会などでさらに改革案が討議され,実施されることになります.
 この困難な状況において心理学者の倫理を改めて熟考し,学会のガバナンスがAPA会員の良識に沿うかたちで新たに確立されるよう願っています.


 APAは対テロ戦争における拷問に加担するという過ちを犯しました.
 その一方,真相の解明と拷問の明確な禁止を求めて10年にわたって活動を続け,改革への道を開いたのもAPA会員たちです.

 「社会的責任を果たす医師団」などの国際NGOとともに人権保護のために活動してきた「倫理的心理学をめざす絆(Coalition for an Ethical Psychology,http://ethicalpsychology.org/index.php)」と,「社会的責任を果たす心理学者たち(Psychologists for Social Responsibility)」に敬意を表します.

 アメリカの非営利放送局 デモクラシー・ナウ!(http://democracynow.jp/)やニューヨークタイムズ紙は,心理学的拷問の疑いが明らかになってから,一貫して事実の究明を目指して報道を続けてきました.
 こうした報道がなければ,今日の改革へ向かう展開には至らなかったことでしょう.


<7月15日追記>

 APA理事会が最高執行責任者(CEO)や副CEO,広報部長など長年,APAの中枢を担ってきた幹部職員の「辞任もしくは引退」を発表しました.(「解雇」や「引責辞任」ではありません.)
 APA会長はAPA会員の選挙によって選ばれますが,任期は1年です.最高意思決定機関であるAPA代議員会のメンバーの任期は3年ですが,年に二度,全員が会して代議員会が開かれるにすぎません.

 このためワシントンD.C.にあるAPA本部で日常的業務を管掌している常勤職員が,APAの運営に大きな影響を与えています.
 今回,APAを去る幹部職員たちは,9.11後の対テロ戦争の時代にAPAの運営を舵取りしてきました.

 プレスリリースでは,幹部職員たちの長年にわたるAPAへの貢献に感謝の意が述べられています.
APA Announces Retirements and Resignation of Senior Leaders

http://www.apa.org/news/press/releases/2015/07/retirements-resignation.aspx

 8月にトロントで開催されるAPA年次大会において抜本的な改革を実現できるか,APAとアメリカ心理学の将来を左右しかねない正念場です.
 
対テロ戦争における拷問への加担によって失墜した信頼や倫理的権威を回復する道程が明示されなければ,多くのAPA会員や一般の公衆がアメリカ心理学会を見限るおそれがあります.
 そうならないよう,願っています.

 

2015年7月12日 (日)

シンポジウム「日本における批判心理学の可能性:理論心理学,LGBT心理学,エスニックマイノリティの心理学,平和心理学の立場から」

 日本心理学会第79回大会において,日本心理学会 批判心理学研究会により下記のシンポジウムが開かれることになりました.

公募シンポジウム 「日本における批判心理学の可能性:理論心理学,LGBT心理学,エスニックマイノリティの心理学,平和心理学の立場から」 (SS-024)
会場:名古屋国際会議場,
第5会場(1号館,131+132室)
日時:9月22日,15:30開会
企画者:五十嵐 靖博 / 日本心理学会 批判心理学研究会
話題提供1:五十嵐 靖博(山野美容芸術短期大学) 「理論心理学の立場からみた日本と世界の批判心理学」
話題提供2:柘植 道子(一橋大学) 「LGBTと心理学」
話題提供3:Tin Tin Htun (Temple University, Japan Campus) 「Unexplored territories: Minority research in Japan」
話題提供4:いとう たけひこ(和光大学) 「平和心理学の立場から:平和心理学と批判心理学のクロスロード」
指定討論:尾見 康博(山梨大学)
司会:
いとう たけひこ・五十嵐 靖博

企画主旨:
 第二次大戦後の心理学の歩みの中で,1990年代以降に欧米だけでなくラテンアメリカやアフリカ,アジアの研究者が集い批判心理学者が国際的に連携するようになったことは特記すべき歴史的発展と考えられる.
 この現代批判心理学運動は女性の立場からの心理学やポスト実証主義的心理学,ドイツ批判心理学,反人種差別の心理学,解放の心理学など1970年代以降に各国の固有の文脈において主流心理学が抱える問題を解決して新たな心理学を構築しようと努めてきた様々な「非主流心理学」が連携してネットワークを築いた結果,成立したものである.
 本シンポジウムでは日本で理論心理学やLGBT心理学,エスニックマイノリティの心理学,平和心理学に取り組む研究者がそれぞれのアプローチの意義を論じ,心理学に,より広く社会と一般の多くの人々に何をもたらし得るかを報告する.その後,指定討論を踏まえ,批判心理学の可能性を討議する.

 本シンポジウムは,公益社団法人日本心理学会研究集会助成制度の助成を受けて開催されます.
 シンポジウムに参加するには,日本心理学会大会への参加費が必要です.ご注意ください.


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