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2015年8月

2015年8月30日 (日)

DVD「秘密,政治,拷問:CIA尋問技法の秘められた歴史」(PBS,2015)

 アメリカの公共放送PBSが人気ドキュメンタリー番組「Frontline」で,かねて論議を巻き起こしていた「CIA拷問問題」をとりあげました.
 5月に放送された番組のDVDが先日,リリースされました.

Frontline: Secrets & Politics & Torture (PBS,2015)

   「Frontline: Secrets & Politics & Torture」の画像検索結果

 DVDは英語字幕つきです.残念ながら日本語音声や日本語字幕はついていません.
 アマゾンで購入できます(約3300円).

 昨年12月に公表されたアメリカ上院のファインシュタイン報告や,ニューヨークタイムズ紙などによる十数年来の調査報道,昨秋の中間選挙で共和党が勝利し上院の多数を占める政治状況などを踏まえて,CIAによる「強化尋問技法」を用いた拷問の問題を説明しています.

 番組にはCIA首席弁護士やファインシュタイン上院議員(上院前諜報委員長,民主党),最初に「強化尋問技法」による拷問を受けたアブ・ズベイダ容疑者の弁護士,ワシントン・ポスト紙やニューヨーカー誌の記者らが登場します.

 9.11同時多発テロの後に,CIAやブッシュ政権において過酷尋問が立案され実施される過程の説明を,興味深く視聴しました.

 他の報道で知ったこととあわせて印象に残ったのは,下記の点です.
・9.11後にさらなるテロを防ぐために,CIAが無際限なほどの強大な権限を与えられたこと
・FBI捜査官がアブ・ズベイダ容疑者を通常の方法で尋問し,9.11同時多発テロの首謀者とされるハリド・シャイク・モハメッド容疑者に関する情報を得ていたこと
・しかし,CIAはアブ・ズベイダ容疑者がもっと多くの情報をもっていると考え,さらに尋問を行うためにアメリカ空軍のSEREプログラム出身の2名の心理学者,J.ミッチェルとB.ジェッセンを雇ったこと
・兵士が敵に捕らえられ尋問されたときに「洗脳」されず,生き残るすべを教えていたSEREプログラムを「逆用」して,容疑者の尋問に活用できる,と考えられたこと,その専門家である心理学者を尋問のために選んだこと
・彼らが通常の尋問の方法を越える「強化尋問技法」を作成し,CIAと司法省,ホワイトハウスなどの認可を得て,過酷尋問を実施したこと
・その技法には多数回の「水責め」や顔・腹を怪我をしない程度に殴ること,顔を手でつかむこと,裸での監禁,ストレス姿勢の強要,首にタオルを巻き首を圧迫すること,
怪我をしない程度に壁に投げつけること,棺桶ほどの大きさの箱に長時間,拘束すること,棺桶の半分ほどの大きさの箱(!)に長時間,拘束すること,数日間の睡眠剥奪などの過酷な処遇が含まれていたこと(しかしアメリカ政府によって拷問ではない,と認定されました),
・拷問を受けたアブ・ズベイダ容疑者は「ブレイクダウン」されたが,アルカイダ幹部ではなくテロ情報をもっていなかったこと
・ハリド・シャイク・モハメッド容疑者にもポーランドの秘密収容施設でJ.ミッチェルらが過酷尋問を行ったが,虚偽の自白を得ただけだったこと,しかし重要なテロ情報が得られたと上層部に報告されたこと
・CIA幹部は尋問を記録したビデオがスキャンダルを招くを考え,ビデオを破壊したこと
・ビデオの破壊は拷問の証拠の隠滅のためだとアメリカ議会やニュースメディアが批判し,議会による調査が始まったこと
などです.

 CIA首席弁護士は,2002年3月にパキスタンで拘束されたアブ・ズベイダ容疑者の移送先だったタイの秘密収容施設(CIAは刑務所をもたなかったため,急きょ設営されました)から送られてきた「強化尋問技法」のリストを見て,その苛烈さと明白な違法性に驚いたそうです.
 しかしテネットCIA長官に報告したところ,認可されました.その後に,水責めなどの技法をひとつずつ合法化する作業が始まりました.CIAやホワイトハウスの弁護士はそれを成功裏に行いました.

 ブッシュ大統領は「その尋問技法は効果があるのか,合法なのか」と問うた後に,認可したそうです.
 こうしてテロ容疑をかけられた多くの人が強化尋問技法による過酷尋問を受けることになりました.
 FBIなどの法執行機関が行う尋問とは異なり,CIAや軍による尋問は法の制約を越えてエスカレートしやすいと言われています.法の正義を実現することではなく,敵を破壊したり敵からの攻撃を防ぐことが尋問の目的だからでしょう.

 やがてこの尋問が人道に反する拷問ではないか,という批判の声が高まると,当初は過酷尋問を容認していたライス国務長官が反対に転じ,閣議でブッシュ大統領に「拷問を行った大統領として記憶されてもいいのですか」と過酷尋問の禁止を進言したそうです.
 しかしチェイニー副大統領が政策の変更に反対し,大統領は副大統領の意見を容れた,と説明されています.
 「アメリカは拷問を行っていない.今後も行わない.CIAの尋問は合法かつ有効である」というブッシュ大統領の有名な演説が,この直後に行われました.

 番組には登場しませんが,その頃すでに以前,アメリカ心理学会(APA)の職員(政官界でロビー活動を行う「シニア・サイエンティスト」)だったS.ブランドン(認知神経心理学,国家安全保障心理学)がホワイトハウス科学技術政策局のアシスタント・ディレクターになり,ブッシュ政権の中枢と直接に繋がるチャンネルを築いていました.

 国防総省が「行動科学コンサルテーションチーム」を設置してガンタナモ基地でテロ容疑者(多くの無実の人が正当な法的手続きをへずに拘束された,と報道されています)を尋問する体制を構築し維持する過程で,S.ブランドンやAPA科学政策責任者,APA倫理部局責任者が連携して,政権や国防総省,CIAの意向をAPAの政策に反映させていたことが,J.ライゼンによる報道やホフマン報告などで明らかになりました.
 APA会長直属のPENS特別委員会がそのために設置され,工作に用いられました.

 戦争では情報の入手手段として,尋問の重要性が高まります.対テロ戦争でも,9.11同時多発テロに次ぐテロ攻撃を防ぐために,それが重んじられました.
 差し迫ったテロを防止する緊迫した軍事作戦の一環として行われる尋問は,人権擁護思想とはかけ離れた過酷なものになりがちです.
 また国家安全保障に係る緊急事態であることが,拷問を正当化し免責する理由とされるのは,定番のパターンです.

 CIAや国防総省やホワイトハウスが過酷尋問を求めたときに,心理学者はホワイトハウス科学顧問として,CIA作戦査定部門の主任分析官として,国防総省のBSCTサイコロジストとして,すでに各部署で枢要な地位についていました.
 これも「心理学化」が進むアメリカの現状を例示しています.
 彼(女)らがAPA幹部と緊密に連携して,「国家が認可した拷問」を行う体制を支えていたのです.

 これまで報道されてきたこととあわせてこの番組をみると,心理学と軍事セクターや政治の関係を新しい視角から考えるヒントを得られます.

 ビン・ラディン容疑者の殺害を描いたハリウッド映画「ゼロ・ダーク・サーティ」(「ハート・ロッカー」でアカデミー作品賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督の作品,2012)は,CIAが提供した資料に基づいてシナリオが書かれたそうです.
 拷問によって得られた情報が,同容疑者の居場所を知る手掛かりになった,とするシーンが含まれています.
 CIAが自らの正しさを大衆に伝えることが目的だった,と番組では説明されています.

 FOXテレビの人気ドラマ・シリーズ「24」には,主人公のジャック・バウアーが仮借ない拷問を行ってテロを防止する物語が,繰り返し描かれています.

 ディスコース分析の立場からみると,拷問は有効な尋問技法である,国家安全保障のために拷問は必要である,というメッセージが,こうしたメディアによって大規模に伝達されている,と考えることができます. 

 強化尋問技法を開発し,自ら拷問を行った軍事心理学者J.ミッチェルはとあるインタビューで,自分はジャック・バウアーのような人物ではない,9.11同時多発テロの被害に憤慨し,国のために尽くしたアメリカ市民のひとりに過ぎない,自分を尋問の素人で効果的な尋問を行えなかった,と非難するのは間違いだ,自分は軍事のプロで尋問にも精通している,いずれ回想録を執筆し真実を語りたい,と述べています.

 昨秋の中間選挙を経てアメリカ議会の上下院で共和党が多数を占めるようになりました.民主党が主導する上院諜報委員会が調査を行い作成したCIA拷問問題に関する報告書(強化尋問技法による過酷尋問を否定的に評価しました)を,再検討する動きも出ているそうです.
 近い将来,この問題に関する「異なったバージョンの現実」が提示されることになるかもしれません.


 
 

2015年8月21日 (金)

APA会長のディベート:なぜ過酷尋問に加担したのか

 なぜ,アメリカ心理学会(APA)は国防総省やCIAに協力して,対テロ戦争における過酷尋問(拷問)に積極的に加担したのでしょうか?

 APA会長と心理学的拷問を批判してAPA会長選挙に立候補したS.ライズナー,アメリカ陸軍退役准将で国際人権NGO「社会的責任を果たす医師団」の顧問を務める精神科医が,2006年6月にデモクラシー・ナウ!でAPAの倫理政策をテーマとして討論を行いました.
Calls Grow Within American Psychological Association for Ban on Participation in Military Interrogations: A Debate
http://www.democracynow.org/2006/6/16/calls_grow_within_american_psychological_association

 APAが敢えて倫理政策を変更して積極的に加担した理由やAPA執行部の考え方を,討論からうかがうことができます.

 ライズナーは,心理学者が専門的知識や技術を人間をブレイクダウンさせて情報を得るために用いることが,健康専門職者の倫理に反する,と主張します.

 退役准将の精神科医は,軍隊では各部門が暴走しないように役割を分担している,尋問は専門の部署に任せて,健康専門職者は健康のケアのための仕事に徹するのが望ましい,と指摘します. 

 APA会長は「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」の心理学者が,過度の尋問が行われるなどの「逸脱的行動」を防止するために役立っている,と主張します.(これが事実に反することは当時,報道が明らかにしていました.)
 彼は心理学は「健康専門職の心理学」だけではない,心理学は様々な行動科学的研究を行っている,この研究が尋問に寄与してきた,だから心理学者が倫理に適った仕方で尋問に関与することが重要だ,といった主張を展開します.
 APA倫理部局責任者(APA幹部職員)も,繰り返し同様の意見を述べていました.

 ここに「心の健康のための心理学」と「心や行動の科学的研究としての心理学」という心理学の二面性が現れています.

 日本の心理学者にもお馴染みの考えです.日本でも臨床心理士の数が日本心理学会の会員数の3倍を超えるほど,「心の健康のための心理学」が盛んです.
 しかしアカデミックな心理学の主流は,心理学は科学的研究を行う学問である,という立場です.
 「拷問に関与することは健康専門職者の倫理に反する」と言われても,自分は「科学的研究を行う心理学者」だから関係ない,と考える人もいるでしょう.

 管見では「国家安全保障に係る尋問」をめぐって問われているのは,専門的知識や技術を人間をブレイクダウンさせるために用いること,特に専門家が自らそれに係ることが,専門家の倫理に照らして容認されるか,という問題です.

 2004年にニューヨークタイムズがキューバのガタンタナモ基地に設置された収容施設における過酷な尋問や収容者の虐待を報道するなど,CIAや軍による尋問の実態が明らかになると,アメリカ医学会やアメリカ精神医学会は会員が尋問に関与することを禁止する決議を行いました.

 このため2005年にアメリカ心理学会が尋問への関与を認めるように倫理政策を変更したことは,注目を集めました.
 APA大会の会場周辺で「ヒポクラテスの誓い」を意味する「Do No Harm(専門的知識を用いて人間に害を為してはいけない)」というプラカードを掲げ,オレンジ色の囚人服を着て頭に紙袋を被った人たちが心理学者の過酷尋問への加担に抗議する光景が見られるようになったのは,2005年にワシントンD.C.で開かれた大会からでした.

 報道によると,ガンタナモ収容所で収容者が強化尋問技法による過酷な処遇を受けているところに健康専門職者がやってきて血圧や心拍数などを測定し,悲しみや抑うつやホームシックの程度などをチェックしていたそうです.
 行動科学コンサルテーションチームがこうして尋問をモニターすることが,過酷尋問を合法化する要でした.

 尋問を受けていた収容者は健康専門職者が窮状から救い出してくれるだろう,と思ったそうです.が,彼らは尋問の過程を「モニター」して,さらなる尋問の仕方を「コンサルテーション」していました.
 実際には健康専門職者は個々の被尋問者の弱点を探り(暗闇やイヌを怖がる,母親に強い愛着心をもつ,など),そこを衝く効果的な尋問方法を助言していたと報道されています.
 こうした処遇のために文字どおり人格が「ブレイクダウン」したり,自殺を図った収容者もいたそうです.

 アルカイダ幹部らに「水責め」を含む過酷尋問を自ら行ったアメリカ空軍のSEREプログラム出身の心理学者,J.ミッチェルとB.ジェッセンは「学習性無気力」をモデルとして強化尋問技法を開発しました.
 行動科学コンサルテーションチームの心理学者はオペラント条件付けにもとづく「行動変容プログラム」を尋問で用いるようコンサルテーションを行っていた,と報道されています.
 また心理学的拷問の基礎的技法になった「感覚剥奪」は,1950年代に軍事セクターから得た資金でD.ヘッブが行った実験がもとになっています.(心理学教科書で有名な実験です.)
 この他にも多くの心理学研究の成果が尋問で活用されています.
 国防総省などの軍事セクターが大学に研究資金を提供し,また多くの心理学者を雇用するなど,心理学は軍事セクターと密接に結びついています.

 私も心理学者のひとりですので,心理学の専門的知識と技術が過酷な処遇を行うために用いられたことや,拷問の実態が明らかになった後にも被害者を助けようとしなかったこと,APA幹部たちが国防総省やCIA,ブッシュ政権との協働を隠ぺいしてきたことを思うと胸が痛みます.

 APA代議員会は「国家安全保障に係る尋問」への関与を禁止する決議を行いました.
 大方のAPA会員は以前から過酷尋問に反対していました.APA会長選挙に立候補した
S.ライズナーが当選しなかったとはいえ,多くの票を得たことや,2008年に尋問への関与を禁止するレファレンダムが,多数の会員の支持を得て可決されたことはその表れです.

 遅きに失しましたが,APAのガバナンスが会員の意志を適切に反映するものへと変わる契機になればいいのですが....

 このところ重苦しい,憂鬱な話題が続きました.
 強化尋問技法による拷問に反対する活動はアイロニーやユーモアを添えて実践されてきました.下記のプロテストソングはその例です.

 水責め(waterboarding)は「著しい苦痛や苦悩」を生じない,だからアメリカの国内法に照らして拷問ではない,というロジックで水責めを合法化した司法当局の行政メモを歌詞に取り入れた曲です.
Torture Memos: Waterboarding
https://www.youtube.com/watch?v=sJSXbA9j0Js

 水責めを採用して過酷尋問を行い,国際法を無視してそうした政策を肯定するアメリカの政治文化をうたっています.ビーチボーイズ風のキッチュなビデオも楽しめます.
WATERBOARDING USA SONG

https://www.youtube.com/watch?v=Eoa8QwuldXo

2015年8月15日 (土)

「国家安全保障心理学」と「虐待を誘発する環境」:2005年の論争

 アメリカ心理学会(APA)が,心理学者が「国家安全保障に係る尋問」に関与することを禁止し,心理学の専門的知識や技術が人間の心身の健康を毀損するために用いられるのを拒絶したことは,信頼を回復する重要な一歩です.

 この問題を考えるうえで,2005年にアメリカの独立系放送局 デモクラシー・ナウ!で行われた論争が示唆に富んでいます.
Psychological Warfare? A Debate on the Role of Mental Health Professionals in Military Interrogations at Guantanamo, Abu Ghraib and Beyond

http://www.democracynow.org/2005/8/11/psychological_warfare_a_debate_on_the

 2005年にアメリカ心理学会年次大会が開かれる直前に,APAが対テロ戦争においてテロ容疑者の尋問に関与していることについて,APA倫理部門責任者とイギリス医学会倫理部門責任者と,ナチス時代の医師の戦争犯罪や中国における洗脳,広島や長崎の被爆者などの研究で国際的に有名な精神医学者R.リフトンが討論を行いました.

 この年の6月にAPA会長直属の「心理学の倫理と国家安全保障に関する特別委員会(PENSタスクフォース)」が,国家安全保障に関する尋問において心理学者が倫理に適った仕方で有用な役割を果たし得る,という報告書を発表しました.
 これがAPAの倫理政策となりました.

 アメリカ医学会やアメリカ精神医学会,イギリス心理学会など多くの学術団体がこうした尋問を拒否していたなかで,APAが採った倫理政策は注目を集めました.
 人権擁護団体や拷問に反対する人たちが,APAに政策の変更を求める活動を始めました.

 上記の討論でイギリス医学会倫理部門責任者はAPAの倫理政策を批判し,なぜAPAは積極的に尋問に関与するのか,と問うています.ヒポクラテスの誓いが徹底されている医療関係者としては,当然の疑問でしょう.

 それに対してAPA倫理部門責任者は,APAは医療系の学会と同様に拷問に反対していると述べたうえで,国防省や法執行機関,情報収集・分析当局などが活用できる多くの専門知識をこれまで心理学が生み出してきたこと,これによって尋問に心理学者が寄与しうること,などを理由として挙げています.

 R.リフトンは国家安全保障に係る尋問の現場は「残虐行為を生み出す環境」である,と述べ心理学者がそこにいることの危険性を指摘して尋問への関与を批判しています.
 ナチスの医師たちも
そうした環境の中で医の倫理に反する残虐な人体実験を行い,障害者・病者の殺害に加担しました.
 テロ容疑者とされる収容者の尋問を行うか止めるかは,尋問の過程を「モニター」する役目を担った心理学者が決めるわけではありません.軍隊の組織の中で次第に常識的規範が失われ,過激な行動が起こる事例は珍しくありません.
 戦時下の軍の尋問では戦争目的を達成するために,人権や法の正義が省みられなくなるおそれがあります.

 現在では,PENS報告書が「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」などを活用して行われたブッシュ政権の「拷問のレジーム」を維持するために,国防総省やCIA,ホワイトハウス科学顧問らの助言と指導のもとでAPA幹部の工作により作成されたものだった,ということが知られています.
 強化尋問技法による尋問は「安全で合法で効果的」なものだ,という文言がブッシュ政権の時代にしばしば記者会見などで用いられました.
 この文言はPENS特別委員会で初めて登場したものだそうです.


 APAでPENS特別委員会を取り仕切っていたのが倫理部門責任者(APA上級職員)でした.
 ホフマン報告の後,APAを去り,これから起こりうる訴訟に備えて元FBI長官と顧問契約を結びました.
 下記のガーディアン紙の記事は,この件を驚きとともに報じています.
Psychologist accused of enabling US torture backed by former FBI chief
http://www.theguardian.com/law/2015/jul/12/apa-torture-report-louis-freeh-stephen-behnke

 

2015年8月11日 (火)

心理学的拷問を禁止したAPA代議員会:デモクラシー・ナウ!で視聴しましょう

 アメリカの独立系放送局 デモクラシー・ナウ!が,7日にアメリカ心理学会年次大会(トロント)に合わせて開催された代議員会で,「国家安全保障に関する尋問」への心理学者の関与を禁止する決議案が審議される模様を放送しました.
 No More Torture: World’s Largest Group of Psychologists Bans Role in National Security Interrogations
 http://www.democracynow.org/2015/8/10/no_more_torture_world_s_largest

 この決議に賛成する立場,反対する立場から意見が表明された後に決が採られ,156対1 の圧倒的多数の賛成で可決されました.
 代議員たちが歓声を上げ,立ち上がって拍手する情景は印象的です.

 学生代表の代議員が,拷問に加担にするために心理学を専攻しているわけではない,しかし加担していたと聞いても驚きはしなかった,これは恥ずべきことだ,と意見表明で述べています.
 国防総省に所属しアブグレイブ収容所(イラク)やガンタナモ海軍基地(在キューバ)の収容施設で「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」の主要メンバーとして強化尋問技法を用いた尋問をモニターし助言した心理学者(退役大佐,軍事心理学部会代表)は,「決議案はジュネーブ条約のような国際法をアメリカの国内法の上位におくものである」といった趣旨の反対意見を述べています. 

 閉会後に10年に渡って拷問に反対する活動を続けてきた「倫理的心理学をめざす有志たち」の創設メンバーであるS.ライズナーとS.ソルズがインタビューを受け,この決議の意義を説明しています.

 7月に公表されたホフマン報告は,
・現APA会長(国防・諜報当局の方針に合わせて倫理政策を変更したPENS特別委員会のメンバーでした)や最高執行責任者,副執行責任者,倫理部門責任者,広報部門責任者らが拷問問題に積極的に加担してきたこと,
・強化尋問技法による被害者の悲惨な窮状が報道によって明らかになった後も,これを無視し拷問は行われていない,という国防総省やCIAの立場に同調してきたこと,
・そうすることによって公的セクターにおける心理学の地位を高め,影響力を拡張しようとしていたこと,
・雇用や研究資金の支給などで国防総省に多くを負っていることが問題の背景にあること,
・APAが行った人権擁護を謳うキャンペーンが心理学的拷問への批判をそらす方便だったこと,
などを指摘する驚くべき内容です.

 S.ライズナーらの批判者は長い間,APA執行部によって疎んじられ攻撃されてきました.2005年にPENS特別委員会の欺瞞性が指摘されてから,この決議まで困難な道のりでした.
 2008年には数年来の活動が実り,心理学的拷問を禁じるレファレンダムが多くのAPA会員の支持を得て可決されました.その後,APA会長はブッシュ大統領に尋問への加担を拒否する書簡を送りました.
 これで行動科学コンサルテーションチームで心理学者が尋問に関与することもなくなるかと期待されました(私も,そう考えていました).
 しかし,軍事心理学者や一部の平和心理学者の工作のために必要な措置が取られず,実際には何も変わらなかったそうです.
 心理学的拷問に反対する運動もこれまでか,と思われました.

 イラク戦争の報道で有名なJ.ライゼンが昨年10月,APA幹部と国防・諜報当局の間で交わされた多数のEメールをもとに両者の協働関係を報道したことが,局面を打開しました.
 このEメールはランド研究所(行動科学による軍事研究が盛んです)に所属する関係者が2008年に人権問題を専門とする研究者にもたらしたものでした.ライゼンが心理学的拷問に反対する心理学者とともに分析を進めていました.
 APA倫理部門責任者や科学政策責任者,広報部門責任者ら幹部職員の関与が指摘されると,APAはこれまでのように批判者を非難したり無視したりするだけでは済まなくなりました.
 ホフマン弁護士に調査が委嘱され,独立調査委員会が始動しました.

 おそらくホフマン報告書はAPA理事会のメンバーら幹部が予想したよりも,ずっと酷いものだったのでしょう.
 ライズナーらは報告書が公開される前にワシントンD.C.にあるAPA本部で報告書を見せられたそうです.

 しかしホフマン報告書を受けて,7月半ばまでにAPA理事会が発した2本のプレスリリースには,心理学的拷問は一部のAPA会員が犯した過ちであり,APA執行部や組織としてのAPAが内包する問題ではない,という主張が読み取れました.

 このためAPA理事会は心理学外部の社会や一般の公衆が厳しい目でAPAとアメリカ心理学をみていることや,今,この機会を捉えて自ら改革できなければ,いっそう深刻な危機に陥ることを理解できないのではないか,という懸念が広がりました.
 しかし,APA代議員会のメンバーは現実の厳しさを理解していたようです.(前APA倫理部門責任者は今後起こりうる訴訟に備えるため,クリントン政権でFBI長官を務めたL.フリーと顧問契約を結びました.) 

 デモクラシー・ナウ!が配信したビデオではイギリス心理学会次期会長が新しい決議を歓迎し,祝意を述べています.APAが国際社会で用いられている拷問の定義を採用し,拷問などの非人道的な処遇を拒絶した点を評価しています.
 また,APA次期会長が世界をより良いものにするために心理学が寄与できると信じている,そのために新しい倫理基準を定めよう,と壇上で述べる場面も収録されています.

 新しい一歩を踏み出したことを,まずは祝福しましょう!


2015年8月 8日 (土)

アメリカ心理学会が「国家安全保障に関する尋問」への関与を禁じる決議を採択しました

 アメリカ心理学会代議員会が7日,トロントで開催されている年次大会において,国家安全保障に関する尋問に心理学者が関与することを禁止する決議案を採択しました.

 対テロ戦争においてブッシュ政権の国防・諜報当局が計画し実施した「拷問のレジーム」に
アメリカ心理学会(APA)の幹部が協力していた事実は,10数年にわたってAPAを揺るがしてきました.
 ホフマン報告を受けて先月,APAの最高執行責任者(CEO)と副執行責任者,倫理部門責任者,広報部門責任者ら長年にわたってAPAの運営を担ってきた幹部職員の離職や引退もしくは辞任が発表されました.

 APAの最高意思決定機関である代議員会の決議は「強化尋問技法による尋問は拷問ではない」というブッシュ政権の司法当局が案出した定義ではなく,国連の反拷問条約が規定する常識的な拷問の定義を採用し,心理学者が9.11後の対テロ戦争における容疑者の尋問のような事態に関与すること(尋問の実施,コンサルテーションやスーパービジョンなど)を禁じています.

 心理学の専門的知識や技術を用いて心身の健康を損なうような処遇が行われることを,この決議は禁止しています.
 ようやくアメリカ精神医学会やアメリカ医学会と同じように,健康専門職者の基本倫理を重んじる立場をとることになった,と言えるでしょう.

 対テロ戦争において国防総省の心理学者らはガンタナモ基地に設置された収容施設などで「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」の主要メンバーとして活動し,尋問の過程をモニターし尋問の仕方を助言していました.
 心理学者が尋問の場にいることが「健康専門職者が立ち会っているから,強化尋問技法を用いて行われるこの尋問は合法である」という拷問の法的正当化の要になっていました.
司法当局が構築した法律論です.これによって尋問に関与した人たちは皆,法的罪を免責されています.
 今後は行動科学コンサルテーションでの活動も,上記の決議に反することになります.抑止効果が期待されます.


 「人権のための医師団」がAPAの決議を歓迎する報道発表を行いました.
Ban on Psychologists’ Participation in Interrogations Passes

http://physiciansforhumanrights.org/press/press-releases/ban-on-psychologists-participation-in-interrogations-passes.html
 上のサイトから決議文をダウンロードできます.

 アメリカの独立系放送局 デモクラシー・ナウ!がこの決議についてトロントから速報しました.
Lead the Way Out of the Interrogation Room: Will American Psychological Assoc. End Role in Torture?

http://www.democracynow.org/2015/8/7/lead_the_way_out_of_the

James Risen: In Sharp Break from Past, APA Set to Vote on Barring Psychologists from Interrogations
http://www.democracynow.org/2015/8/7/james_risen_in_sharp_break_from?autostart=true&get_clicky_key=suggested_next_story

 D.ホフマン弁護士による調査委員会が設置されるきっかけになった,APA幹部と国防総省,CIA,ホワイトハウス科学顧問らの協働関係を報道したJ.ライゼン(著名なピューリッツア賞受賞ジャーナリスト.イラク戦争に関する批判的報道によって知られ,情報源となった政府の内部通報者の氏名を明かさなかったためオバマ政権によって収監される危機を経験しました)もニューヨ-クタイムズで速報しました.

Psychologists Approve Ban on Role in National Security Interrogations
http://www.nytimes.com/2015/08/08/us/politics/psychologists-approve-ban-on-role-in-national-security-interrogations.html?emc=edit_tnt_20150807&nlid=56323910&tntemail0=y&_r=0

 APAも報道発表を行いました.APA最高執行責任者や広報部門責任者など,ホフマン報告が明らかにした問題のためにAPAを去る幹部職員に謝意を表した先月のプレスリリースとは異なり,会員と社会の信頼を回復するためにAPA執行部が改革を必要としている,と明記しています.
APA's Council Bans Psychologist Participation in National Security Interrogations

http://www.apa.org/news/press/releases/2015/08/psychologist-interrogations.aspx


 アルジャジーラも心理学的拷問について報道しています.

Psychologists vote not to participate in US torture

http://america.aljazeera.com/articles/2015/8/7/psychologists-vote-not-to-participate-in-torture.html


 対テロ戦争においてブッシュ政権が認可して行われたテロ容疑者への拷問にアメリカの心理学者が協力してきたこと,尋問に加担するためにアメリカ心理学会が倫理政策を変更したこと,長い間その事実を隠ぺいしてきたことは,アメリカ心理学会と心理学への信頼を大きく損ないました.

 120余年の歴史をもつAPAは学会のあり方などを巡って意見が対立し,分裂したこともあります.仮に今回の問題によって同じことが起きたとしても,特に驚くには当たりません.

 しかし,拷問が心理学者の間の内輪の対立では済まない,人権の保護と尊重という普遍的価値を毀損する重大な問題であることは言うまでもないことです.
 
強化尋問技法による拷問への加担は新聞やテレビなどの主要メディアの報道によって,幅広い層の公衆に知られるようになりました.アメリカ心理学の社会的信頼は深く傷つけられました.

 この意味で,アメリカ心理学はかつて経験したことのない危機に直面することになりました.
 19世紀末にアメリカで心理学が発展し始めて以来,研究の面でも領域や雇用を拡大するうえでも,当地で心理学は順調に発展してきました.
 心や行動に関する専門的学問が求められていた時代に,様々な社会セクターのニーズに応えたことが心理学の飛躍的な発展をもたらしました.社会的信頼がそれを可能にしました.
 

 専門的知識や技術を,人間をブレイクダウンさせて情報を得るために用いることは人道に反する拷問であり,専門家の倫理に反する行為です.精神科医や医師が行わなかったことを心理学者が行ってきたため,倫理的権威が失われました.
 公衆や社会の支持を得られなければ心理学者の活動も,諸社会セクターにおける心理学知識の適用も,阻害され停滞するおそれがあります.よかれ悪しかれ「心理学化」が進行する時代にそうした事態は望ましくありません.

 今回,採択された指針が信頼を回復する第一歩となるか,注目されています.そうなるように願っています.


 「社会的責任を果たす医師団」などの国際人権NGOとともに10年以上にわたって活動し,この度のAPAの改革への道を切り拓いたアメリカの心理学者たちを下記の記事が紹介しています.

These Six Rebel Psychologists Just Won A Long War Against Torture
http://www.buzzfeed.com/peteraldhous/the-dissidents

 彼/彼女らは「倫理的心理学をめざす有志たち(http://ethicalpsychology.org/index.php)」を設立して心理学と拷問の関係にかかわる情報を集めて公開し,真相の究明を求め尋問への加担を禁止するレファレンダムをAPA会員に提議し,APAの倫理政策を変更したPENS特別委員会の実情を記録してその欺瞞性を広く知らせる,などの地道な活動を続けてきました.
 そのうちのひとりのS.ライズナーはこの問題を唯一の争点としてAPA会長選挙に立候補し,5名の候補の中で次点の得票を集めるなど,ユニークな活動を行いました.
 これらの心理学者たちは専門領域も政治的,思想的立場も異にしていますが,非人道的な拷問に反対だという点で一致していたそうです.

 こうしてアメリカ心理学会が再生される可能性が生まれました.

 

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