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2015年11月

2015年11月26日 (木)

J.サールの「心の哲学」講義:理論心理学からみた心理学と哲学の関係

 「中国語の部屋」の思考実験や「強いAI」と「弱いAI」の区分,志向性の理論など,多くの業績で知られる現代哲学の大家ジョン・サール(1932年生まれ)の心の哲学の講義をYoutubeで聴くことができます.
 2011年にカリフォルニア大学バークレー校で行われた心の哲学の入門講座です.

Searle: Philosophy of Mind(UC-Berkeley Philosophy 132, Spring 2011)
https://www.youtube.com/watch?v=zi7Va_4ekko&index=1&list=PL553DCA4DB88B0408

 心理学のメタ学問である理論心理学の立場からみると,「心とは何か」という問題や心身問題は心理学の基礎に係る重要なテーマです.
 この問題は17世紀にデカルトが心と身体は別種の異なった実体だと述べて以来,多くの哲学者が取り組んできた哲学の難問です.身体が物理的実体である一方,心はそうではないとしたため,両者がどのように相互作用するのか,説明しなければならなくなりました.

 長年,心の哲学を主導してきたサールの講義は聴きごたえがあります.具体例を多用した分かりやすい講義です.

 『心・脳・科学
(岩波書店)マインド:心の哲学(朝日出版社)などの邦訳書でもサールの仕事の概要を知ることはできますが,著書を読むのとは違ってレクチャーの視聴は巧みな座談を聴くような楽しい経験です.

 80歳に近い哲学者がときおりジョークを交えて饒舌に自分の学問を語り,学生の質問を促してそれに精力的に答える様子を聴いていると,何だかうれしく楽しい気分になりました.
 心の哲学の様々なトピックをとおして「哲学する楽しさ」を味わえます.

 「心身問題について物理主義や二元論など,従来の哲学的アプローチが陥った思い込みを脱した君たちの中から将来,この難問を解き明かす人が現れるだろう」というサールの言葉が印象に残りました.
 優れた教師と熱心な学生が実現した幸せな教室の光景が脳裏に浮かびます.

 脳と意識(心)の関係は自然科学によって解明できる「自然の問題」だが,ヒトという種の認知能力の限界のために私たちは脳が意識を生み出すメカニズムを理解できないのではないか,と主張する認知的閉鎖説を提唱し心身問題への新たな視座をもたらしたのは,イギリス生まれのアメリカの分析哲学者コリン・マッギンです.

 以前,彼の『意識の“神秘”は解明できるか』(青土社,2001)の翻訳にたずさわったのですが,心身問題にまつわる争点を的確に分かりやすく説明する手腕に目を見張ったものでした.
 高度な内容を巧みな比喩や思考実験で捌いていく記述スタイルは,豊富な学識に裏付けられていて,哲学的思考の威力を如何なく読者に伝えてくれます.

 私も授業の中で心と脳の関係など心理学の哲学を説明しているのですが,マッギンの訳書から例を挙げると,学生は心身問題がなぜ厄介な難問なのか,ピンときて腑に落ちるようです.

 心理学にとって,哲学は無縁ではありません.

   


 


2015年11月21日 (土)

Qualitative Psychology誌にみるアメリカの質的心理学

 「科学的心理学」を重んるアメリカ心理学会(APA)が昨年,質的研究の専門誌Qualitative Psychologyを創刊したことは,アメリカ心理学が変わりつつある現況を示しています.

 もちろん科学研究が質的研究と両立しないわけではありません.研究対象を詳細に観察してその性質を定める質的研究は本来,自然科学を含む様々な研究実践の基礎をなすものです.

 しかし不幸なことに「科学的心理学」を標榜する心理学者によって長い間,質的研究は「非科学的」だと排除されてきました.心理学研究に大きな損失をもたらしました.

 この「科学的心理学」の主なものは,方法論的行動主義に依拠する実験心理学でした.1930年代に北米で成立した新行動主義は1950年代に至るまで,当地で心理学の「統一的パラダイム」に準じた扱いを受けるほど,大きな勢力をもっていました(理論の時代).

 今日,アカデミックな心理学の主流の座にある認知行動主義は新行動主義の方法論を認知心理学や社会心理学や臨床心理学など,幅広い領域へと拡張したものです(行動主義の自由化).
 このためS-O-R図式や操作的定義に基づいた量的研究方法が,心理学の「正当な方法」だと見なされがちです.

 アメリカ心理学でも質的研究の再評価が進み,正当な方法論のひとつとして受け入れられる機運が生まれたことは歓迎すべき変化です.

 Qualitative Psychology誌はAPAの第5部会,Society for Qualitative Inquiry in Psychology の公式ジャーナルです.

 創刊2年目の今年,すでに2号が刊行されています.
 研究のための方法論が活発に議論され,人種・エスニシティや貧困,暴力,心の健康,宗教・スピリチュアリティなど多様な主題に関する研究が掲載されています.

 心理学のメタ学問である理論心理学や現行の心理学に代わる新しいアプローチを探究する批判心理学の見地から,今後,このジャーナルを通してアメリカで質的心理学がどのように発展していくのか,大いに関心をもって注視しています.

 以下,今年刊行された2号の目次をお示しします.

Qualitative Psychology(2015  Volume 2, Issue 2, Aug)
Editorial. Josselson, Ruthellen      

Insights into processes of posttraumatic growth through narrative analysis of chronic illness stories. Adams, Heather L.
Moments of meaning: Identifying inner voices in the autobiographical texts of ‘Mark’. Androutsopoulou, Athena
A qualitative approach to intersectional microaggressions: Understanding influences of race, ethnicity, gender, sexuality, and religion.
Nadal, Kevin L.; Davidoff, Kristin C.; Davis, Lindsey S.; Wong, Yinglee; Marshall, David; McKenzie, Victoria
Racial microaggression experiences and coping strategies of Black women in corporate leadership. Holder, Aisha M. B.; Jackson, Margo A.; Ponterotto, Joseph G.
Resistance to qual/quant parity: Why the “paradigm” discussion can’t be avoided. Jackson, Michael R.
Special Section: Qualitative and Quantitative Inquiry: Are There Foundational Differences?
Mending fences: Defining the domains and approaches of quantitative and qualitative research. Landrum, Brittany; Garza, Gilbert
The quantitative/qualitative distinction: Blessed are the impure. Gergen, Kenneth J.
Qualitative research is not a paradigm: Commentary on Jackson (2015) and Landrum and Garza (2015). Madill, Anna
The purity and impurity of paradigms: Response to Gergen (2015) and Madill (2015). Jackson, Michael R.
A reply to Gergen (2015) and Madill (2015). Landrum, Brittany; Garza, Gilbert

         
Qualitative Psychology (2015  Volume 2, Issue 1,Feb)
Editorial. Josselson, Ruthellen
Utility of qualitative metasynthesis: Advancing knowledge on the wellbeing and needs of siblings of children with mental health problems. Ma, Nylanda; Roberts, Rachel; Winefield, Helen; Furber, Gareth
Making discursive space in psychology for qualitative report-writing. Walsh, Richard T. G.
The lived experience of homeless youth: A narrative approach. Toolis, Erin E.; Hammack, Phillip L.
The Listening Guide method of psychological inquiry.
Gilligan, Carol

Special Section: The Listening Guide.
Harmony, dissonance, and the gay community: A dialogical approach to same-sex desiring men’s sexual identity development. Davis, Brian R.
I poems: Evoking self. Koelsch, Lori E.
Special Section: The Listening Guide.

 下記のサイトで論文のアブストラクトを読むことができます.
http://psycnet.apa.org/index.cfm?fa=browsePA.volumes&jcode=qua


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