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2016年1月

2016年1月17日 (日)

シンポジウム:心理学と対テロ戦争と「国家安全保障の尋問」

 心理学と対テロ戦争と「国家安全保障の尋問」をテーマとして,下記のシンポジウムが開催されます.
 対テロ戦争においてテロ情報を得るために「強化尋問技法」を用いて行われた過酷な尋問は「心理学的拷問」と呼ばれ,心理学の倫理をめぐって10年にわたって多くの論議を巻き起こしました.
 この問題に関心をおもちの方は,気軽にご参集ください.


シンポジウム 心理学と対テロ戦争と「国家安全保障の尋問」

日時:3月5日(土),午後4時-6時
会場:和光大学A棟4階,第2会議室(https://www.wako.ac.jp/access/campus.html)
話題提供:五十嵐 靖博(山野美容芸術短期大学) 「理論心理学・批判心理学からみた『国家安全保障の尋問』」
指定討論1:杉田 明宏(大東文化大学) 「平和学の立場からみたAPA拷問問題」(仮題)
指定討論2:いとう たけひこ(和光大学) 「平和心理学の立場からみたAPA拷問問題」(仮題)
主催:(公社)日本心理学会 批判心理学研究会
共催:心理科学研究会 平和心理学部会,平和のための心理学者懇談会

参加費:無料


<話題提供の要旨>
 9.11同時多発テロの後にアメリカでは対テロ戦争の一環として,テロに関する情報の収集や分析のために国防総省やCIAなどの軍事・情報セクターと心理学の関係がいっそう強化された.ガンタナモ収容所(キューバ)やCIAがアメリカの国外に設営した秘密拘禁施設で行われた「強化尋問技法」を用いた過酷尋問は,その典型例といえる.
 細胞集成体の理論で知られるD.ヘッブが1950年代に行った感覚剥奪実験に始まる尋問と心理学の関係は,対テロ戦争を契機として新たな段階に入ることになった.

 2004年にガンタナモ収容所を視察した国際赤十字が収容者の過酷な処遇についてアメリカ政府に懸念を伝えていたと報道され,広く耳目を集めた.「水責め(waterboarding)」やストレス姿勢の強要や数日間の睡眠剥奪や感覚刺激の過剰暴露,性的侮辱,家族に危害を加えるという脅迫などを含む強化尋問技法による尋問がジュネーブ条約や国連の反拷問条約が禁止する拷問だとして,国際人権NGOやジャーナリストが過酷尋問の中止を求めて声をあげた.

 ニューヨークタイムズやデモクラシー・ナウ!などの報道によって,過酷尋問が国防総省やCIAとそこで働く心理学者やアメリカ心理学会(APA)の幹部職員の協働によって立案され,実施されていたことが知られるようになった.
 APAが会長直属の「心理学の倫理と国家安全保障に関する特別委員会(PENSタスクフォース)」を設置し,それを活用して2005年に自ら倫理指針を変更し,APA会員が過酷尋問に関与することを可能にした事実が明らかになると,APAと心理学者の倫理が
拷問に反対する運動の焦点になった.
 アメリカ精神医学会やアメリカ医学会,イギリス心理学会は「国家安全保障に係る尋問」が拷問だとして明確に禁止した.これらの諸学会とは異なり,アメリカ心理学会が国家安全保障に係る尋問に積極的に加担する事態が注目された.


 アメリカ空軍のSEREプログラムで兵士が敵軍に捕捉されたとき「洗脳」されず帰還する訓練を行っていた2名の軍事心理学者が強化尋問技法を開発しアルカイダ幹部などに自ら過酷尋問を行っていたこと,また国防総省の心理学者が「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」の主要な構成員としてガンタナモ収容所やイラクやアフガニスタンの収容所で「国家安全保障に係る尋問」に関与していることが知られ,過酷尋問は「心理学的拷問」と呼ばれるようになった.
 対テロ戦争が遂行される過程でアメリカでは2004年以降に,アブグレイブ収容所(イラク)における収容者の虐待や
CIAによる拷問が大きな社会的,政治的問題になり,心理学と拷問の関係もクローズアップされた.

 2014年12月にアメリカ上院インテリジェンス特別委員会が公表したCIAによるテロ容疑者への尋問に関する報告書(ファインシュタイン報告書)は,2名の軍事心理学者が行った苛烈な尋問の実態を詳細に記載し,彼らが設立した軍事コンサルテーション会社が米軍から尋問を請け負い8000万ドルの報酬を得ていた事実を明らかにした.
 過酷尋問はブッシュ政権の認可を得て行われていたため,「政府が許可した拷問」について日本を含む多数の国で報道された.
 マスコミ報道で「強化尋問技法」が「学習性絶望感」をモデルとして設計されたことや,複数の元APA会長が過酷尋問に関与していたことが伝えられ,アメリカ内外で心理学の役割や目的に改めて関心が高まった.

 拷問は虐殺や誘拐などと同様に人道に反する重大な犯罪だと考えられている.このため主要な人権NGOや著名ジャーナリストによって,過酷尋問が発覚してからマスメディアを舞台として,APAとアメリカの心理学者に拷問の禁止を求めるキャンペーンが粘り強く続けられてきた.
 心理学が抱えている問題が公衆の目に映る機会が増え,心理学の倫理的正当性が疑われ社会的信頼を失いかねない状況になった.アメリカ心理学は19世紀末に当地で新たな発展の道を歩み始めて以来,かつて経験したことのない危機に直面した.
 1892年に設立されたアメリカ心理学会は初期の導入の時期を除いて,領域を拡張し会員数を増やし,概ね
順調に発展してきたといえる.20世紀半ばから進行したアメリカ社会の心理学化を担ってきたのはAPAである.
 しかし「国家安全保障に係る尋問」の問題をめぐってAPAの運営を担う理事会は,学会の外部の幅広い公衆と内部の多数の会員から拷問の禁止を求められるようになった.

 当初,APA会員の中には拷問の即時禁止を求める意見の他に,心理学者が関与して行われている過酷尋問がテロ対策のために貢献している,ガンタナモ収容所などで健康専門職者である心理学者が尋問に関与することが,被尋問者の虐待の防止に役立っている,という意見もみられた.
 数名のAPA会員が2005年に始めた過酷尋問に反対する活動は,過酷尋問の悲惨さと心理学者の加担の実態が明らかになるにつれ,多くの会員の賛同を得るようになった.

 APA指導部は従来,過酷尋問への関与や,国防総省やCIAとの協働を否定してきた.しかし2014年10月にJ.ライゼンが「Pay Any Price:Greed, Power, and Endless War(いくらでも支払う:強欲と権力と終わりなき戦争), Mariner Books,2014」を刊行し,APA幹部職員らと国防総省やCIAやホワイトハウスの職員の間で交わされた多数の電子メールにもとづいて彼(女)らの協働を報道すると,APAに真相の究明を求める声が高まった.
 APA指導部はこれまでのように批判者を非難したり,無視するだけでは済まなくなった.新たな対応を迫られ,連邦検察官などの要職を歴任し組織の倫理や不正の調査にたけたD.ホフマン弁護士に調査を委嘱した.

 昨年7月に同弁護士を長とする独立調査委員会が報告書(ホフマン報告書)を発表し,APA幹部職員らの過酷尋問への加担を認定した.その後に長年,APAの運営の中枢を担ってきた同学会の最高執行責任者(CEO)と副CEO,倫理部局責任者,広報部局責任者の辞職や引退が発表された.

 ホフマン報告を受けてAPAの最高意思決定機関である代議員会は昨年8月,「国家安全保障に係る尋問」にAPA会員が関与することを禁止する決議を採択し,倫理指針を変更した.APAはアメリカ精神医学会やアメリカ医学会,イギリス心理学会と同様にジュネーブ条約や国連反拷問条約の精神に則して拷問を否定するようになった.
 昨年10月にAPAは合衆国大統領や国防長官,司法長官,CIA長官,FBIの「重要拘禁者尋問チーム」長などに書簡を送り,この立場を明確に表した.

 心理学的拷問は10年にわたって心理学者の倫理や戦争と心理学の関係に関心をもつ心理学者の間で議論の的になってきた.2007年にはイギリスの心理学者によって「Just War: Psychology and Terrorism (Roberts, R. (ed.), 2007, PCCS Books)」が刊行され,Journal of Community & Applied Social Psychology誌は特集「Ethics, Psychology and War
(倫理と心理学と戦争)」の刊行に向け作業を進めている.

 理論心理学は心理学のメタ学問である.心理学の歴史や哲学や社会学を探究し,心理学が産出した諸理論や様々なアプローチ・方法論を検討して新しい心理学のあり方を考察している.批判心理学は現行の心理学が抱えている問題を解決して研究を推進し,幸福や福祉に積極的に寄与する心理学を目指している.
 本報告では理論心理学と批判心理学の立場から「国家安全保障に係る尋問」と心理学の関係を検討し,心理学の学問としての性質や社会における位置,学問外的要因の影響などについて考察する.

参照ウェブサイト:
1.ホフマン報告とAPAのプレスリリースのアーカイブ

  Report of the Independent Reviewer and Related Materials(http://www.apa.org/independent-review/)

2.心理学的拷問に反対する活動を行ってきた「Coalition for an Ethical Psychology」のウェブサイト
(http://ethicalpsychology.org/index.php)

   

 

2016年1月13日 (水)

EUの経済危機と心理学:社会科学は何をなしえるか

 長年,隠されていたギリシア政府の巨額の財政赤字が発覚して,2010年に始まったギリシアの経済危機はEU諸国に波及し,世界経済を揺るがす大問題になりました.
 アイルランドやスペイン,イタリア,イギリスなどEU加盟国の政府は緊縮財政政策に転じ,教育や医療や福祉や文化など市民の日常生活に直接かかわる領域の予算や公共投資が削減され,大きな影響が生じています.

 心理学は「客観的な科学」だから,こうした社会的,政治的問題に関与すべきではない,と考える心理学者が多数派を占めています.
 その一方で,多くの人に重大な影響を与えている問題にこそ取り組むべきだ,と考える心理学者もいます.

 ギリシアのクレタ大学の社会科学者(心理学者を含みます)が今年6月に「危機と社会科学:新しい挑戦と新しい視点」とテーマとして国際会議を開くことになりました.

会議のタイトル:
1st INTERNATIONAL CONFERENCE IN CONTEMPORARY SOCIAL SCIENCES -CRISIS AND THE SOCIAL SCIENCES: NEW CHALLENGES AND PERSPECTIVES-
主催者:

Faculty of Social, Economic and Political Sciences, University of Crete
会期:2016年,6月10-12日
会場:レティムノ市(クレタ島,ギリシア)
発表申し込みの期限:2016年1月31日
ウェブサイト:http://icconss.soc.uoc.gr/index.php/en/

 下記はこの国際会議で討議されるトピックの一部です.同会議のウェブサイトに記載されています.
 心理学者にとって,興味深い問題が目白押しです.

    ・Methodological issues and theoretical inquiries in the study of crises: Social sciences at the crossroad?
    ・Interpreting the crisis: different economic perspectives.
   
Social and economic consequences of the crisis and policy responses: reviews and perspectives.
   
Crisis and the future of the Euro
   
Impacts of economic crisis on labour, employment and education
   
Inequality and social exclusion at times of crisis
   
Public health and neoliberal economic crises
   
Social stratification and crisis.
   
State and public policy in the European and global contexts in times of crisis.
   
Reform policies and the demand for competitiveness: Public Administration, Education, Taxation, Social Security and Labour Relations in comparative perspectives.
   
Business environment, pressure groups and social dialogue: convergence and competition.
   
Political parties and electoral de-alignments: Trends and dynamics.
   
Political identities, conflicts and divisions: Ideological and cultural aspects.
   
Crisis, political communication, and mass media systems.
   
Social movements, social activities and civil societies: Practices, claims and issues.
   
Democracy and crisis.
   
“We” and “Others” in the time of crisis: Cognitive schemata and social stereotypes.
   
Mental health impacts of crisis ridden milieus
   
Austerity, precarity and subjectivity
   
Debt and personhood

 過去6年の間, 「ギリシア危機」によって大きな経済的,政治的変動の渦中におかれ社会不安が高まったギリシアで活動する研究者にとって,上記のトピックは切実な問題です.
 自分が専門とする学問が何を為し得るかを考え,こうした国際会議を開催して社会科学の新しい可能性を探究し,現実の問題に立ち向かおうとすることは,むしろ自然な流れでしょう.

 理論心理学と批判心理学の立場から,
1
心理学者が現実の社会問題に積極的に関与することによって,何を為し得るか,
2.心理学が社会科学の諸分野と連携して研究や社会的実践を行うことで,何が生まれるか,
注目されます.

2016年1月10日 (日)

アメリカ心理学会からオバマ大統領への書簡:「国家安全保障に係る尋問」

 昨年8月にアメリカ心理学会(APA)の最高意思決定機関である代議員会は,APA会員が「国家安全保障に係る尋問」に関与することを禁じる決議を採択しました.

 9.11同時多発テロの後,CIAやアメリカ国防総省はさらなるテロを防ぐ戦いの中で,テロ容疑を掛けられた人に「強化尋問技法」を用いた過酷尋問を行い,テロ情報を得ようとしました.
 この尋問技法は多数回の「水責め」や数日間にわたる睡眠剥奪,ストレス姿勢の強要,脅迫などを含むため,多くの人権擁護団体やマスメディアがジュネーブ条約や国連人権憲章に反する拷問だとして尋問の中止を求めて声をあげました.

 アメリカ空軍の2名の心理学者が「強化尋問技法」をパッケージ化してアルカイダ幹部を自ら尋問し,国防総省に属する軍事心理学者がガンタナモ収容所(キューバ)やイラクやアフガニスタンの収容所でテロ容疑者への過酷尋問を「コンサルテーション」してきました.

 過酷尋問が立案され実施される過程で,APA幹部職員が国防総省やCIA,ホワイトハウス科学顧問と協働して心理学の専門的知識や技術を提供しAPAの倫理政策を変更したことが,ニューヨークタイムズやデモクラシー・ナウ!などの報道によって明らかになりました.
 このため過酷尋問は「心理学的拷問」と呼ばれるようになりました.

 しかし,数名のAPA会員が始めた心理学的拷問に反対する運動が10年の苦難の末に実を結び,昨年8月にAPAは倫理政策を変更し,拷問に反対する立場を明確にしました.
 APAは昨年10月28日付でオバマ大統領や国防長官,CIA長官,司法長官,FBIの「重要容疑者尋問チーム」の長などへあてて書簡を送り,ジュネーブ条約や国連人権憲章の精神に反する拷問へ心理学者が関与することを禁じるAPAの倫理政策を告知しました.

 APAとアメリカ心理学は「国家安全保障に係る尋問」の問題のために,社会的信頼や倫理的権威を自ら傷つけてしました.
 政府の要職者に送られたこれらの書簡が,信頼を回復する一歩になるよう願っています.

 下記のサイトで,APAの書簡をダウンロードできます.
APA Alerts Federal Officials to New Policy Banning Psychologists From National Security Interrogations
http://www.apa.org/news/press/releases/2015/10/banning-psychologists-interrogations.aspx

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