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2016年2月

2016年2月15日 (月)

「CIAの拷問に加担した心理学者の罪」 :リフトンとの対話

 心理学と「国家安全保障に係る尋問」の関係は,アメリカやイギリスなどのマスメディアの報道によって,広く社会に知られるようになりました.
 人権の保護や専門家の倫理をめぐって,尋問を推進する側と反対する人々の間で激しい論争が起きました.
 
 20世紀後半のアメリカ社会は広範な「心理学化」を経験しました.
日本でも近年同じように,社会と個人の主観性の心理学化が進んでいます.
 制度的学問としての心理学がそこで大きな役割を果たしていることは,言うまでもありません.
 第2次大戦後の日本の心理学は戦前の多様なアプローチが並立した時代とは異なり,アメリカ心理学から大きな影響を受け,それをお手本にしてきました.
 
 対テロ戦争の時代に10年以上の間,アメリカ心理学を揺るがしてきた問題は,私たちにとって無関係ではありません.

 アメリカの非営利ニュースメディア,「デモクラシー・ナウ!」のニュース番組で昨年5月,
アメリカの精神医学者ロバート・リフトンがこの問題を論じました.
 リフトンは
ナチス医師の戦争犯罪や朝鮮戦争における捕虜の洗脳,ヒロシマ・ナガサキの被爆者の研究などで知られるアメリカを代表する精神医学者です.
 日本語字幕付きで公開されています.

 「ナチスの医師たち」の著者ロバート・J・リフトンとの対話(1) CIAの拷問に加担した心理学者の罪
http://democracynow.jp/video/20150507-2

 以下は同サイトに掲載された紹介文です.

「 米国の著名な精神医学者、ロバート・ジェイ・リフトンへのインタビューです。リフトンは、広島の被爆者に対するインタビュー調査とその精神的側面に光をあてた『ヒロシマを生き抜く─精神史的考察』の著者として知られています。長年にわたり、戦争をはじめとする極限的な状況における人間の心理について批判的分析を行ってきた研究者です。
 近著、Witness To Extreme Century : A Memoir(『極限の世紀の証言者 ~回想録』) では、これまでの自身の活動を、研究者としての学問的行為であると同時に、「証言者」としての行為であったと振り返っています。「証言者」とは、体験を受け入れ、自身の言葉で語り直す人のことだとリフトンは言います。原爆投下とホロコースト、20世紀に人類は最も過酷な歴史を体験しました。そうした歴史に 「証言者」として向き合うことが、過酷な体験から意味を見出し、それを乗り越えるために必要であるとリフトンは考えています。
 今回のインタビューで、リフ トンは自身が関心を寄せてきた様々な話題(気候変動、拷問、反戦活動、死刑制度、ジェノサイドなど)について語っています。
 このインタビューが行われた少し前に米国心理学会(APA)のスキャンダルが報道されました。米国主導で始まった対テロ戦争において米国が身柄を拘束したテロ容疑者に対し、CIAが政府の承認を受けて「強化尋問」と称する拷問を行っていた問題をめぐって、この強化尋問プログラムへのAPAの関与のあり方を示した新たな報告書が4月に公表されたのです。
 この報告書は、APA幹部役員が2003年から2006年の間に交わしたEメールの分析が基になっていますが、それらのEメールはAPA幹部とCIA担当官との間に直接的なやり取りがあったことを示しています。また同報告書によると、APAは秘密裡に政府高官らと結託し、強化尋問プログラムへの会員の関与が可能になるよう、学会の倫理規定を変更したとされています。
 ブッシュ政権にとって、尋問の現場に心理学者が立ち会っていることは重要でした。なぜなら尋問は専門家の監督のもとで行われているから尋問の域を超えることはない=拷問ではないとの弁明ができるからです。実際には、水責めをはじめとするきわめて非人道的な拷問が行われ、しかもその拷問プログラムを開発したのは APAに所属していた心理学者でした。APAは政府に協力して不都合な事実の正当化を図ったのです。
 リフトンはこの報道に関して、APAが拷問に組織的に関与していたことを「別のレベルのスキャンダル」だと糾弾します。拷問プログラムの開発に関与した心理学者個人の倫理を問うことはもちろんですが、世界最大の心理学者の団体であるAPAという権威ある組織が、明らかな非人道的行為に対し、倫理的に問題はないとの判断を下したことは、より深刻な問題をはらんでいます。
 リフトンの分析によれば、専門家は集団の規範に自分を適応させようとする傾向があり、たとえ倫理に反する行為であっても、上からの命令や承認があれば、それを自分の役割として受け入れてしまうといいます。それはときに専門家集団をホロコーストのような大罪に加担させることにつながります。
 ナチスの医師について研究書を出しているリフトンは次のように言います。「ナチスの医師たちを研究した時の私の関心は、この極悪な専門家たちはどのようにジェノサイドに加担したのかということでした。しかし研究を進めてわかってきたのは、どんなジェノ サイドにも専門家の存在が必要不可欠だということです。専門家たちは立派な教育を受け、ジェノサイドの核心部分を担う能力があります。だから彼らはジェノ サイドを正当化する根拠と、それを実行する科学技術を生み出すのです」
 後半の動画で、リフトンは専門家が社会との関わりの中で、どのように倫理的に行動するかという問題を強く意識してきたと語っています。それはリフト ンの研究対象であった20世紀の負の歴史を裏で支えていた専門家たちと同じ過ちを繰り返してはならないというリフトンの強い決意とも言えます。専門家には社会の中で果たすべき役割、担うべき責任があるということでしょう。その考えは、広島の被爆者の研究を行った後に、積極的に反核運動に携わってきたリフト ン自身の行動に体現されています。(水谷香恵) 

*ロバート・ジェイ・リフトン(Robert Jay Lifton) 
 米国の代表的な精神医学者で著書多数。ニューヨーク市立大学の精神医学・心理学の名誉教授。国内外で多数の賞や名誉学位を受けている。『広島を生き抜く』 、The Nazi Doctors: Medical Killing and the Psychology of Genocide(『ナチスの医師たち 医療殺人とジェノサイドの心理』)など多数の著書がある。最近、Witness to an Extreme Century: A Memoir(『極限の世紀の証言者 ~回想録』)というメモワールを出した。
 字幕翻訳:朝日カルチャーセンター横浜 字幕講座チーム 千野菜保子・仲山さくら・水谷香恵・山下仁美・山田奈津美・山根明子・渡邊美奈全体監修:中野真紀子 」


2016年2月 3日 (水)

アブグレイブ収容所と心理学者:「Fixing Hell: An Army Psychologist Confronts Abu Ghraib」(James,2008)

 昨年8月にアメリカ心理学会(APA)の最高意思決定機関である代議員会は「国家安全保障に係る尋問」に心理学者が関与することを禁止し,学会の倫理政策を変更しました.

 9.11同時多発テロの後にアメリカが戦ってきた対テロ戦争において,CIAが実施した拘禁作戦の中核を担った軍事心理学者が「強化尋問技法」を開発して過酷尋問を行ったこと,ガンタナモ収容所などで国防総省の心理学者が「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」の主要なメンバーとして過酷尋問に関与していたことが,問題の焦点でした.

 行動科学コンサルテーションチームで活動した軍事心理学者の手記が広く読まれています.

 Larry C. James著 Fixing Hell: An Army Psychologist Confronts Abu Ghraib(地獄を修復する:アブグレイブに立ち向かった陸軍心理学者) Grand Central Publishing,2008

 著者のL.ジェームズはアメリカ陸軍の退役大佐です.ガンタナモ基地(キューバ)やイラクの戦地などで心理学者として働いた経験は,一読に値します.
 ガンタナモでもアブグレイブでも「チーフ・サイコロジスト」として,行動科学者や健康専門職者の立場から対テロ戦争の遂行のために枢要な役割を果たしました.


   
「Fixing Hell James」の画像検索結果

 2004年にアブグレイブ収容所(イラク)で米兵が収容者を虐待した事実が発覚し,スキャンダルを巻き起こしました.イラク人の反米感情が高まり,アメリカにとって戦況が悪化する転換点になった,とも言われています.
 そのアブグレイブ収容所の「地獄」を修復するためにジェームズが派遣され,収容者と監視にあたる米兵の処遇の改善に努め,虐待の防止に貢献した,とされています.

 米兵による収容者の虐待はジンバルドーの監獄実験を参照して説明されました.「普通の人」が特殊な環境の影響を受けて,邪悪な行為を行ったという説明です.「ルシファー効果」はここから生まれた専門用語です.
 ジンバルドーがこの本の序文を書いています.

 行動科学コンサルテーションチームによる過酷尋問が問題になったガンタナモ収容所でも,ジェームズは心理学の専門的知識を活用してオペラント条件づけによる行動変容法を尋問で用いるよう助言したそうです.被尋問者が尋問に協力すれば,正の強化子(生活用品や食物など)を提示する,という方法です.
 こうして心理学の専門的な知識や技術を用いて尋問に寄与し,収容者の保護にあたった,とされています.

 アメリカの内外で激しい論争を巻き起こした過酷尋問については,ガンタナモ収容所を視察した国際赤十字が偏った見方を広めてしまったが,実際には「心理学的拷問」は行われていない,心理学者は尋問で有用な役割を果たしていた,国防総省のBSCTで働いている心理学者を非難するのは誤りだ,という立場をとっています.
 尋問に反対するAPA会員はこの点で判断を誤っている,という主張です.

 この主張は人権NGOやニューヨークタイムズなどの調査報道とは異なり,冒頭で述べたAPA代議員会やホフマン報告の考えとは異なります.

 とはいえ,アブグレイブ収容所の荒んだ環境や兵士の劣悪な生活条件,イラクから帰還したジェームズが発症した深刻なPTSDの症状,軍隊で働く心理学者の考え方など,長年,国防総省に勤務し対テロ戦争の最前線を経験した心理学者の報告は,理論心理学者や批判心理学者が「心理学とは何か」という問題を考えるうえで,参考になります.

 ジェームズは2005年にAPAが倫理政策を変更した(悪名高い)PENSタスクフォースのメンバーでした.対テロ戦争の時代にAPAの運営に大きな影響を与えてきた軍事心理学部会(第19部会)の幹部です.
 心理学的拷問を討議するAPAの集会で,「国家安全保障に係る尋問」の禁止を求める動議に反対意見を述べる様子がデモクラシー・ナウ!で報道されました.心理学者が捕虜や被拘禁者の尋問に関与することが,虐待の防止に役立っている,と一貫して主張していました.
 昨年8月にAPAの倫理政策を再度,変更した代議員会で,ジェームズが「国家安全保障に係る尋問」にAPA会員が関与することを禁止する動議に反対する模様が放映されました.
 No More Torture: World’s Largest Group of Psychologists Bans Role in National Security Interrogations
 http://www.democracynow.org/2015/8/10/no_more_torture_world_s_largest

 ジェームズの著書には,国防総省の心理学者の指導者とされるM.バンクス大佐や,ガンタナモで過酷尋問を行いそのマニュアルを執筆したというJ.ラソ少佐も登場します.
 3名の軍事心理学者は拷問への加担や健康専門職者の倫理をめぐって,しばしば名前が取りざたされてきました.

 日本の心理学者には馴染みのない心理学の領域ですが,戦後に日本の心理学に大きな影響を与えてきたアメリカ心理学は軍事・情報セクターと密接な関係を築いてきたのです.


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