« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2016年4月

2016年4月21日 (木)

アメリカ史と心理学:理論心理学の立場から

 アメリカ史を記述する歴史家は,心理学をどのように評価し位置づけるでしょうか.

 当ブログの開設者は日本で活動する理論心理学者,批判心理学者です.現行の心理学をメタ的視点から検討し,心理学が抱えている問題を解決しようと試みています.

 第2次大戦以降,アメリカ心理学は日本の心理学に非常に大きな影響を与えてきました.政治や経済,文化,学問の諸領域でアメリカ化が進んだように,日本の心理学もアメリカ化されました.
 こうした視点からアメリカ史と心理学の関係を考えていると,ふと二つのトピックが念頭に浮かびました.

 ひとつは20世紀を通して進行したアメリカ社会の「心理学化」です.
 今日,心理学はアメリカ社会の様々な領域に普及しています.そこで生活を送る人は自分や周囲の人々の心や振る舞いを,心理学が生み出した用語や理論を用いて理解し,説明しています.
 家庭や職場や学校などで「心の問題」を解決するために臨床心理学や心理療法が盛んに活用されていることは,心理学化された社会の特徴のひとつです.

 そうした心理学知識を生み出した心理学の中心を担ってきたのは,「心と行動の科学」と定義されている認知行動主義的心理学です.
 20世紀初頭に行動主義的な考え方が登場して以来,数多くの心理学実践が行われ,第2次大戦後に心理学化された社会が到来しました.
 心理学者がアメリカ社会のニーズに巧みに応え,諸セクターが心理学的所産を積極的に採用しました.
 20世紀半ばから今日に至るアメリカの社会や人々の生活を考えるうえで,心理学の影響は特記に値するトピックです.

 アメリカ史と心理学の関係をめぐって私が注視するもうひとつのトピックは,対テロ戦争で行われてきた「国家安全保障に係る尋問」において,心理学者が大きな役割を果たしたことです.
 近い将来,アメリカ史を記述する歴史家が歴史の転換を来した出来事として,これを取り上げるかもしれません.

 たとえば,後世の歴史家がアメリカの歩みを振り返って,冷戦が終結した1990年代以降の時代に,特に9.11後の対テロ戦争の時代に,テロ対策の失敗によってアメリカの国際的地位が低下した,と記述することが考えられます.
 両大戦間に国力を蓄え,第2次大戦後に世界史の主役に躍り出た超大国アメリカの命運が変わった転機が対テロ戦争によってもたらされた,と歴史家が記す場面が,心理学史家として心理学の歴史を考察している私の脳裏に浮かびます.

 その理由としてあげられるのは,アメリカが主導した「有志連合軍」がイラクに侵攻しフセイン政権を打倒した戦争の大義とされた大量破壊兵器が発見されず,イラクがアメリカへのテロ攻撃を計画した証拠もみつからなかったことでしょう.
 杜撰な理由で始められた戦争によって多くの人命が失われたため,反米・反西欧感情が高まりテロがいっそう過激化し,アメリカの同盟国へと拡大しました.

 アメリカ軍やCIAがテロ容疑者とされた人々に「過酷尋問」と称する拷問を行ったため,アメリカの国際的威信が低下した,と歴史家が記述することも考えられます.
 アメリカが建国の父祖の時代から重んじてきた自由や人権の尊重という基本的価値を自ら裏切ったこと,自ら拷問を行いながら「強化尋問技法」は「安全で合法で有効だ」と主張し,「過酷尋問は法的には拷問ではない」と強弁したため,アメリカの倫理的権威が失われました.

 政府の求めに応じて拷問の技法を開発し実施するうえで,心理学者が大きな役割を果たした,身体的虐待の痕跡が残らない「心理的拷問」を東西の冷戦下,国防総省とCIAが心理学者・精神医学者を活用して開発した,対テロ戦争では心理学者が自ら容疑者に拷問を行った,アメリカ心理学会が拷問を実施する体制を支える役割を担った....
 後世の歴史家がこのように21世紀のアメリカの歴史を記述することも,あながちありえない話ではないと思います.

 このように軍事・情報セクターで心理学が広範に活用されていることも,アメリカ社会の「心理学化」の一例です.

 ジュネーブ条約や国連の反拷問条約に鑑みて,対テロ戦争で行われた「過酷尋問」は「アメリカ政府が認可して行われた拷問」だと言わざるを得ません.人権NGOやジャーナリストたちは,この立場から「心理学的拷問」に反対してきました.
 対テロ戦争における「国家安全保障に関する尋問」は,「第2次大戦後の生命倫理における最悪のスキャンダル」とされています.
 拷問はアメリカの理想を傷つけました.かつてアメリカは第2次大戦でも湾岸戦争でも,戦争捕虜を人道的に処遇した国として知られていました.しかし,9.11後に「政府が認めた拷問」を行うようになりました.

 このためイラク戦争を報道したアメリカのジャーナリストは,否応なく「心理学的拷問」の問題に取り組むことになりました.

 J.ライゼンの 『Pay Any Price:Greed, Power, and Endless War(いくらでも支払う:強欲と権力と終わりなき戦争), Mariner Books,2014』 は,対テロ戦争に伴う軍事・情報セクターの権限の強化や莫大な軍事支出がアメリカ社会を変容した事例を教えてくれます.
 その一つとして,軍事心理学者とアメリカ心理学会(APA)が関与した過酷尋問の制度化が取り上げられています.APA幹部と国防総省やCIAの担当官の間で交わされた多数の電子メールから,APAの加担の実態が明らかになりました.

 J.メイヤーの 『The Dark Side: The Inside Story of How The War on Terror Turned into a War on American Ideals(暗黒の側面:対テロ戦争がアメリカの理想に対する戦争に陥った内幕話),Doubleday,2008 』  は,テロ容疑者に行われた過酷尋問が建国以来のアメリカ的価値観を裏切り,アメリカの倫理的正当性が疑われる時代になったことを告げています.
 「アメリカ政府が認可した拷問」にアメリカ心理学が加担し,重大な損失が生じた事実を直視しなければなりません.
  

   「The Dark Side: The Inside Story of How The War on Terror Turned into a War on American Ideals」の画像検索結果

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »