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2016年5月

2016年5月15日 (日)

過酷尋問と「タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド」(アレックス・ギブニー監督,2007,アメリカ映画)

 2001年にアメリカを襲った9.11同時多発テロの直後に,チェイニー副大統領がテレビの報道番組に出演して「対テロ戦争には闇の側面(ザ・ダークサイド)がある」という趣旨の発言を行いました.
 この後,
ダークサイド」は21世紀にアメリカが戦う対テロ戦争を語る際に頻用されるキーワードになりました.

 「闇の側面(ザ・ダークサイド)」が意味するものの一端を,やがてテロ容疑者への凄惨な尋問が明らかにしました.

 対テロ戦争におけるテロ容疑者の尋問を主題とするアメリカの長編ドキュメンタリー映画「タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド」(アレックス・ギブニー監督,2007)を,ご存知でしょうか?
 
2008年にアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞した秀作です.家族で楽しめる娯楽映画ではありませんが,現代の戦争の一面を知るうえで見ごたえのある作品です.

 2002年,対テロ戦争の渦中でテロ容疑者に間違えられて拘束されたアフガニスタンのタクシー運転手にアメリカ兵が過酷な尋問を行い,死に至らしめた事件を扱っています.
 英語版をDVDで視聴できます.優れた作品なのですが,日本語版は発売されていません.

 タイトル:Taxi to the Dark Side
 
監督: Alex Gibney
 脚本: Alex Gibney

 販売元: Velocity / Thinkfilm
 
発売日 2008/09/30



 2002年12月1日、アフガニスタンの農村出身の青年ディラウォル
氏(享年22歳)はタクシーを運転して3人の客を乗せて働いていたときに,テロ容疑者に間違われて米兵に拘束され,バグラム空軍基地の拘禁施設に収容されました.
 そこで拷問を受け、5日後に死亡しました.


 ディラウォル氏が殺害された尋問を発端として,A.ギブニー監督はバグラム収容所やイラクのアブグレイブ収容所,キューバのグアンタナモ収容所などで同様の過酷尋問が行われるようになった過程や背景を解明していきます.
 尋問によって
ディラウォル氏の他にも,多数の被尋問者が死亡していたことを,この作品が知らせています.

 
長年,アメリカは戦争捕虜を人道的に処遇する国として知られ,その点で尊敬を集めていました.しかし9.11後の対テロ戦争では,テロ容疑を掛けられた人を虐待するようになりました.
 その原因を探るために調査を始めた
ギブニー監督は,ディラウォル氏が殺害された事件が突発的に起きた事故ではなく,アメリカ政府の政策決定者が決めた過酷な尋問を許容する政策が来したものだ,と気づきました.

 激しい虐待を受ける収容者の映像や,虐待によって死亡した被害者の遺体の写真も作品の中に収録されています.対テロ戦争における「国家安全保障に関する尋問」で,実際に何が行われていたのかが推察されます.

 映画には「水責めは拷問ではない」という法律論を考案してアメリカ国内法の下で「過酷尋問」を合法化した司法省法律顧問ジョン・ユーや,1950年代に軍事・情報セクターから研究資金を得て感覚剥奪実験を行い,「心理学的拷問」への道を開いた著名な生理心理学者ドナルド・ヘッブも登場します.

 アメリカにおける拷問の歴史を究明し,「アメリカ的拷問」の特徴は「心理学的拷問」だと述べたことで知られる歴史家アルフレッド・マッコイが,過酷尋問が広く行われた背景を説明しています.
 マッコイはヘッブの実験から洗脳や尋問の技法を開発したCIAの巨大プロジェクト「MKウルトラ」へと発展し,さらに悪名高いCIA尋問マニュアル「KUBARK」が作成される歴史を述べています.

 アムネスティ・ジャパンが日本語字幕を付け,2008年ころに各地で本作品の自主上映会が開かれていたそうです.
 しかし残念ながら,今のところ日本語字幕版は発売されていません.
 

 この映画を観て「国家安全保障に関する尋問」の苛烈さに,改めて気づかされました.
 戦時下の緊迫した状況では「過酷尋問」が安全保障のための必要悪として免責される傾向が認められます.しかし,それが実際には人道に反する拷問だということを忘れてはなりません.


2016年5月11日 (水)

ICP2016の招待シンポジウム「心理学史と批判心理学(I): 批判的ヒストリオグラフィの探究」

 心理学界で最も長い歴史をもち,かつ最も大規模な学術会議である国際心理学会議(ICP)が,7月に横浜で開催されます(http://www.icp2016.jp/).
 1889年に第1回会議がパリで開催されて以来,ICPは4年に一度,世界の各地で大会を開催してきました.

 このICP2016 において,批判心理学と心理学史を主題として招待シンポジウム「History of psychology and critical psychology (I): Exploration of critical historiography of psychology」を開くことになりました.

 日本とアメリカとブラジルの心理学史家=批判心理学者が,それぞれの視点から心理学の歴史を論じます.南アフリカとカナダの心理学史家がコメントを加え,その後,オーディエンスの質問を受けて全体で討議を行います.

 批判心理学は今,目の前にある心理学を振り返って考察して,その問題点を解決しようとしています.
 さらなる研究を推進する点でも,また幸福や福祉に積極的に寄与する学問を目指す点でも,心理学を批判史の新しい視角から検討してメタ的な知見を得られるよう期待しています.

開催日時:7月27日,10:50 - 12:50
会場:Conference Center 3F 303, パシフィコ横浜
話題提供1:Yasuhiro Igarashi (Yamano College of Aesthetics, Japan),「History of psychology and psychologization : A view of a Japanese critical psychologist」
話題提供2:Jeanne Marecek(Swarthmore College,USA),「Feminism and Psychology: A Short History of the Future」
話題提供3:Ana Jacó(State University of Rio de Janeiro,Brasil),「Uses of psychological measurement in Brazil」
指定討論1:Wahbie Long(University of Cape Town,South Africa)
指定討論2:Thomas Teo (York University, Canada)
企画者:
Wahbie Long,Thomas Teo,Yasuhiro Igarashi
共催:批判心理学研究会

 心理学の歴史を振り返り,現行の心理学を相対化する研究実践(主流心理学を「脱構築」すること)に関心をおもちの方は,ふるってご参加ください.

2016年5月10日 (火)

ICP2016の招待シンポジウム「世界の批判心理学(I) :理論心理学,非主流心理学とグローバルな心理学のローカルな文脈」

 7月に横浜で開催される第31回国際心理学会議(ICP2016 in Yokohama)において,招待シンポジウム「Critical psychology around the world (I) :Theoretical psychology, 'non-mainstream psychology' and local contexts for a global psychology」を開催することになりました.
 ICP2016の詳細については,下記のウェブサイトをご参照ください.
 
http://www.icp2016.jp/

 批判心理学は国・地域の差違に応じて,社会,文化,政治経済的状況,専門領域の差違に応じて現在,多様なかたちで世界の各地で発展しています.
 本シンポジウムでは日本とカナダ,香港の批判心理学者が,各々の研究関心と問題意識に即して探究してきた主題を報告します.
 普段,聞くことのないトピックや新しい観点を知る格好の機会です.

開催日時:7月27日,16:00 - 18:00
会場:Conference Center 3F 303, パシフィコ横浜
   
話題提供1:Yasuhiro Igarashi (Yamano College of Aesthetics, Japan),「Possibilities of critical psychologies and reflexivity: A view of a Japanese theoretical psychologist」
話題提供2:Henderikus Stam (University of Calgary, Canada),「What is critical psychology a psychology of ?」
話題提供3:Michiko Tsuge (Hitotsubashi University, Japan),「
Sexual minorities in Japan and the role of psychologist
話題提供4:Fu Wai (Hong Kong Shue Yan University, Hong Kong),「Critical psychology in post-colonial (?) Hong Kong」
指定討論:Thomas Teo (York University, Canada)
企画者:Yasuhiro Igarashi (Yamano College of Aesthetics, Japan),Henderikus Stam (University of Calgary, Canada)

共催:批判心理学研究会

 「世界の批判心理学(Critical psychology around the world)」という共通のタイトルの下,3つのシンポジウムを開きます.
 世界各地の批判心理学をこれらのシンポジウムで知ることができます.

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