« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月

2016年6月30日 (木)

アメリカ心理学会元会長の書簡Ⅱ:「心理学的拷問」とホフマン報告の後の倫理

 前報でお伝えしたように,アメリカ心理学会の8名の元会長がホフマン報告について,連名で同学会の理事会や代議員会などに宛てて発した公開書簡が,「心理学的拷問」に関する問題に取り組む人たちの間で注目を集めています.

 下記のサイトで公開されています.
 Open Letter to the Board, Council, Staff and Members from Past  Presidents of  APA

http://www.hoffmanreportapa.com/resources/OPEN%20LETTER%20FROM%20PAST%20PRESIDENTS.pdf

 当ブログの開設者は理論心理学や批判心理学の立場から日本で活動しています.
 北米で「心理学的拷問」に反対してアメリカ心理学会(APA)の改革に向けた活動に取り組んでいる友人たちが,この書簡が公開されたことを知らせてくれました.
 書簡を読んで心理学と社会の関係や,心理学に影響を与える諸要因などについて,とりとめなく様々な想念をいだきました.


●なぜ,ホフマン報告が取り上げられるのか?

 元会長らが公開した書簡は
ホフマン報告によってAPA会員の間に対立が生じた,同報告の内容やホフマン弁護士らによる調査の手続きにも問題がある,といった立場から書かれています.
 
ホフマン報告多数の当事者にインタビューを行い,APAの内部文書や電子メールなどを読解して独立調査委員会が執筆したものです.
 「9.11」の後にAPAの運営を担ってきた幹部の一部が,「アメリカ政府が認可した拷問」といわれるテロ容疑者への過酷尋問を実施する体制に加担した,と認定しました.

 下記のサイトでホフマン報告を読むことができます.
 Report of the Independent Reviewer and Related Materials(http://www.apa.org/independent-review/)

 国防総省やCIAやホワイトハウスの担当官と協働して(あるいはむしろ,彼/彼女らの指導の下で),APAの倫理指針を変更するなどして,心理学者が「国家安全保障に関する尋問」に関与することを可能にした,とホフマン報告で指摘された人たちがこれに反対することは予想されていた事態です.

 公開書簡に署名したAPA元会長のうちM.セリグマン(1998年に会長)やJ.マタラゾ(1989年)は,アメリカで「心理学的拷問」が大きな社会的,政治的問題になってから,ニューヨークタイムズ紙などのマスメディアがしばしば報じてきた心理学者です.
 彼らの他にも書簡の主張に賛同するAPA元会長がいて,総勢8名が署名した事実は,ホフマン報告を問題視する考え方がAPAの有力者の間で一定の支持を集めていることを示しているのでしょう.

 もちろんホフマン報告において過酷尋問への関与を指摘されたAPA幹部が,実際には関与していない(あるいは関与の度合いが低い)のなら,報告を訂正する必要があります.
 しかしそうした問題だけに止まるなら,アメリカ心理学は重大な危機に陥るのではないか,と日本で活動する理論心理学者・批判心理学者の立場からこれまでの経緯を振り返り,危惧しています.


●軍事心理学者が「心理学的拷問」を行い,APAが加担したことは重大な問題ではない?

 APAの外では上記のような「ホフマン報告が指摘したAPA幹部の○○○は,本当はそれほど悪くない」という議論は,あまり大きな問題とは見なされないことでしょう.

 心理学者が関与して行われた過酷尋問の被害者や遺族や拷問に反対する多くのアメリカ人にとっては,

 -CIAに雇用された軍事心理学者が「強化尋問技法」を開発して,自ら過酷尋問を行った,

 -国防総省がガンタナモ収容所などに設置した「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」に配属された心理学者が,専門的な知識や技術を用いて「心理学的拷問」に加担した,

 -アメリカ心理学会の幹部の一部が「9.11後」に,国防総省やCIAやホワイトアウスの担当官と緊密に連携し学会の倫理指針を変更するなどして,上記の過酷尋問を実施する体制を支えていた,

 -過酷尋問への関与を批判されたAPA幹部たちが,国防総省などとの協働を認めず,APAは拷問に加担していない,と主張し続け,過酷尋問の被害者の健康や福祉を顧みなかったこと,

 -しかし常識的に考えて,数日にわたる睡眠剥奪や
感覚刺激の過剰暴露や感覚剥奪や長時間のストレス姿勢の強要や水責め,棺桶の半分ほどの大きさの箱に長時間拘束すること,怪我をしない程度に身体的暴力を振るうこと,性的侮辱,宗教的侮辱,家族に危害を加えると脅迫すること,身体的に不快な室温を保つこと,食事の量や味付けや時間を操作して不快を与えることなど,いわゆる「過酷尋問」は拷問に他ならないこと,

などが,APAが自省すべき問題だと捉えられていることでしょう.

 これらについてアメリカ上院インテリジェンス委員会の報告(ファインスタイン報告)や,ニューヨークタイムズ紙やデモクラシー・ナウ!などの報道機関による多くの報道が2004年以来,明らかにしてきました.

 アメリカが対テロ戦争において拷問を行ったことは,「建国の父祖」の時代から重んじられてきた自由や基本的人権の尊重という「アメリカの理想」を裏切る「アメリカ史に残る汚点だ」,という指摘を重く受け止める必要があるのではないでしょうか.

 8名のAPA元会長たちにとっては,これらの問題よりもホフマン報告を論駁することの方が大切なのでしょうか?

●心理学と心理学者に影響を与える要因は?

 心理学が今日の姿へと発展したおもな原動力のひとつが,世界の多くの心理学者が心に関する確かな知識を求めて尽力してきたことや,心の健康のために様々な活動を行ってきたことだという点では,立場を異にする論者の意見も一致すると思われます.

 「9.11」後のアメリカの心理学者の場合には,不意にアメリカ本土を襲い3000人の無辜の命を奪ったテロへの対策に,心の専門家として寄与すべきだという使命感も心理学者の活動を動機づけたことでしょう.
 テロによるさらなる被害を防ぎ,すでに心に傷を負った人のケアに尽くすことは,心理学者の重要な責務だと考えられます.

 しかしこれ以外にも,心理学の進路と心理学者の行いに影響を与える要因が存在することを,忘れることはできません.
 一般に研究者(科学者)や健康専門職者が行う活動も,特定の社会的,文化的,政治経済的文脈の中で営まれます.
 客観的で価値中立的な抽象的な空間ではなく,上記の文脈の影響を受けつつ特定の時代の特定の地理的地点において,特定の利害関心をもつ研究者によってそれが営まれているという見方も必要です.

 「心理学的拷問」をめぐって9.11後にアメリカの心理学者たちが為したことには,アメリカ国民をテロから守るという動機の他にも,
 -国防総省やCIAなど軍事・情報セクターからの要請
 -上記やホワイトハウスを含む政府内で,心理学者の地位を向上させること
 -第2次大戦以来,心理学者が国防総省に雇用や研究資金の支給などで多くを負っていること
 -向精神薬の処方権を獲得すること
 -長年の精神医学者への対抗心
 -ホフマン報告の後にAPAを去った最高執行責任者や副執行責任者などの後任の人選を通して,APAの運営に影響を与えようとする学会政治
などの要因がアメリカ心理学会とアメリカの心理学者にどのように作用しているか,検討する余地があります.



●アメリカ心理学とAPAにとって,歴史的な危機では?

 日本の理論心理学者・批判心理学者には9.11後にアメリカ心理学が,かつて経験したことの無い歴史的危機に直面しているように見えます.

 19世紀末以来,ドイツ,ライプツィヒ大学のヴント研究室で学び母国に帰ったアメリカの心理学者たちは,自らの学問を「新しい心理学」と称し,社会の諸領域に広める努力を続けてきました.
 20世紀後半にアメリカ社会は「心理学化」され,そこで生きる人は心理学知識を与件として受け入れるようになりました.
 その背景には人々が,心理学が「科学的な(信頼に足りる,といった意味です)」学問であり,進歩的視点から心に関する確かな知識を生み出している,という信頼感があったのだと考えられます.

 しかし心理学者が「政府が認可した拷問」に加担したため,アメリカ社会における心理学への信頼が揺らいでいます.


●日本では「心理学的拷問」は重要ではない?

 これまでのところ,日本の心理学界ではアメリカの心理学者が「心理学的拷問」をめぐって10数年来,危機に直面していることは話題に上っていません.

 批判心理学研究会が3月に開いたシンポジウム「心理学と対テロ戦争と『国家安全保障の尋問』」は稀な例のようです(http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-c778.html).

 日本の心理学は第2次大戦後に高度にアメリカ化されました.戦前期にはアメリカ心理学(行動主義など)は,様々な心理学の学派・アプローチのひとつでした.日本の心理学をそれが主導していたわけではありません.

 しかし戦後に日本の政治,経済,文化,諸学問がアメリカの影響下に入ったように,日本の心理学もアメリカ化されました.

 日本の心理学者にとってアメリカ心理学会はロールモデル(お手本)のように扱われています.
 そのアメリカ心理学会が存立の基盤を危うくする重要な問題に直面しているのです.なぜ日本の心理学者はこの問題に積極的に取り組まないのでしょうか?

 心理学界における最大規模の学術集会であるICP(国際心理学会議)では,4年前のICPケープタウン大会において心理学的拷問に関するシンポジウムが多くの関心を集めていました.
 拙ブログの下記の記事を参照ください
 心理学と対テロ戦争における拷問の関係を問う映画:「Doctors of the Dark Side」
 
(http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/doctors-of-the-.html)

 7月に開催されるICP横浜大会でも,心理学的拷問を主要な諸学会の代表者が議論するシンポジウムが企画されています.

 私がこの問題を初めて知ったのは2005年春のことでした.イギリスの批判心理学者が心理学と対テロ戦争を主題とするシンポジウムを開いたときき,重大な問題が起きていることを自覚しました.

 そのころアメリカでは,イラクのアブグレイブ収容所において米兵が収容者を虐待していた事実が発覚し激しい政治的,社会的スキャンダルが巻き起こっていました.
 心理学者が「行動科学コンサルテーションチーム」の要員としてガンタナモ収容所などで過酷尋問に関与していることにも,批判が高まっていました.

 この時期にAPAは会長直属の「心理学の倫理と国家安全保障に関する特別委員会(PENSタスクフォース)」を設置して自ら倫理指針を変更する算段を整えつつありました.(2014年秋以降にこの過程の詳細が,拷問に反対する人権NGOやジャーナリストや一部のAPA会員らの調査によって明らかになりました.)

 上にあげた諸問題は理論心理学や批判心理学が関心をもつ研究主題です.
 これらを探究することによって,アメリカ心理学に日本の心理学に,何がしか新たな寄与を為し得ると考えています.

2016年6月24日 (金)

アメリカ心理学会元会長の公開書簡Ⅰ:ホフマン報告をめぐる混乱

 アメリカ心理学会の8名の元会長が連名で,ホフマン報告について同学会の理事会や代議員会,一般の会員などに向けて公開書簡を発表しました.
 学習性無気力やポジティブ心理学でおなじみのM.セリグマンや刑務所実験で有名なP.ジンバルドなど,一般の多くの人に知られている著名心理学者が8名の中に含まれています.

 「国家安全保障に関する尋問」と心理学の関係に関心をもつ人たちの間で,この書簡が話題になっています.6月11日付で公開されました.

 下記のサイトで読むことができます.
 Open Letter to the Board, Council, Staff and Members from Past  Presidents of  APA

http://www.hoffmanreportapa.com/resources/OPEN%20LETTER%20FROM%20PAST%20PRESIDENTS.pdf

 書簡が訴えている内容は,ホフマン報告によってアメリカ心理学会(APA)の内部に深刻な意見の対立が起きている,同報告に疑念を呈する意見もある,対立を解決するために元会長たちが一肌ぬいで働く用意がある,といったものです.

 「9.11」の後にテロ容疑をかけられた人に行われた「国家安全保障に関する尋問」が,ジュネーブ条約や国連反拷問条約が禁止する非人道的な拷問だという批判が起こり,2004年頃からアメリカで大きな社会的,政治的問題になりました.

 CIAが雇用した空軍のSEREプログラム出身の心理学者や,国防総省がガンタナモ基地などに配置した「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」に所属する軍事心理学者が過酷尋問の実施を担ったことが,マスコミ報道や人権NGOの調査によって明らかになりました.

 医師や精神科医が「ヒポクラテスの誓い」などの医の倫理に従いBSCTから離れると,国防総省など軍事セクターでは過酷尋問を合法化するうえで,心理学者がいっそう重要になりました.
 そこで編み出されたのが,健康専門職者(心理学者)が尋問の過程をモニターし,被尋問者の安全に配慮しているので,「強化尋問技法」による尋問はアメリカ国内法に照らして拷問ではない,という法律論です.
(もちろん,アメリカ国外では通用しないでしょう.)
 司法省法律顧問ら米政府の弁護士が,こうした法律論を案出して拷問を合法化しました.

 心理学者が過酷尋問に関与していることに批判が高まると,アメリカ心理学会は心理学の倫理と国家安全保障に関する同学会の政策を審議するために,会長直属の「心理学の倫理と国家安全保障に関する特別委員会(PENSタスクフォース)」を設置しました.

 2005年6月にPENSタスクフォースがテロ容疑者に「合法安全倫理に適っていて,テロ対策のために有効」な尋問を行うために心理学者が寄与できる,とする倫理指針を答申しました.
 APAの最高意思決定機関である代議員会の議決を経ることなく,これがAPAの正式な倫理指針となりました.
 この後,人権NGOやジャーナリストや一部のAPA会員はAPAの倫理政策への批判を強め,心理学者が過酷尋問に関与することに反対する運動が活発になりました.

 APAの8名の元会長たちが連名で発表した書簡は,APAとその幹部たちが国防総省やCIAやホワイトハウスなどの担当官と協働して過酷尋問を実施する体制を支えていた,と指摘したホフマン報告の妥当性や,同報告が調査対象とした人の権利保護などについて,異議を唱えています.

 もちろん,ホフマン報告において過酷尋問への関与を指摘された人たちが,同報告に反対するのは意外ではありません.自分たちはそれほど悪くはない,という主張です.

 しかし一部の心理学者とAPAが,CIAの過酷尋問とガンタナモ収容所などにおけるBSCTによる過酷尋問に関与していたことは,ニューヨークタイムズ紙などの報道や人権NGOの調査によって,広く社会に知られています.

 「アメリカ心理学会幹部の○○○は,ホフマン報告が指摘したほど悪くない」という議論は,人道に反する「心理学的拷問」がもたらした被害を償うべきだ,という被害者や遺族やその支援者が取り組んでいる問題に比べて,あまりにも軽すぎるようです.

 もしアメリカ心理学会の会員たちが本気でこうした議論に終始するなら,そのこと自体が同学会が陥っている倫理的問題の深刻さを証している,と受け取られかねません.

 APAは10数年に及ぶ倫理的過誤を,自ら正すことができるでしょうか?

 昨年7月にホフマン報告が公表された後,アメリカ心理学会の幹部職員(最高執行責任者,副執行責任者,倫理部局責任者,広報部局責任者)が同学会を去りました.
 8月には最高意思決定機関である代議員会が,APA会員が国家安全保障に関する尋問に関与することを禁止する決議を採択し,倫理指針を変更しました.

 その後,新しい倫理指針を具体化する作業や最高執行責任者などの幹部職員を新たに選任する手続きが始められました.

 国防総省などの軍事セクターは心理学者の雇用や研究資金の支給などの面で,アメリカ心理学に大きな影響を与えてきました.
 現在も対テロ戦争を戦っている国防総省が心理学を必要としているため,その意向に沿って活動する心理学者もいることでしょう.

 精神科医と同じ様に向精神薬の処方権を得たいと願う心理学者が,国防総省に協力することでそれを獲得しよう,と考えるかもしれません.

 また,アメリカでは心理学は組織の運営や人事管理,心の健康などの領域で,ビジネスとして大きな経済的利益を生み出しています.政官界への心理学のいっそうの進出を望む人もいます.
 こうしたことも,現在進められているAPAの改革に影響を与えうると予想されます.

 ホフマン報告の後,APAは新しいガバナンスのかたちを模索しています.その過程で軍事心理学者や拷問に反対する心理学者など,利害を異にする人たちによって激しい学会政治の駆け引きが繰り広げられているようです.
 元APA会長による公開書簡はおそらくその一例ではないか,と感じています.


 アメリカ心理学会会長の任期は1年です.毎年新たにひとりの元会長が誕生しています.存命する元会長たちの中の8名がこの書簡を公開しました.
 書簡が表明した考えは,APAの指導者の間で一定の支持を集めているようです.
 APAは改革を成し遂げることができるでしょうか?(心理学的拷問に反対している人たちは,そのために尽力しています.その中には私の友人もいます.彼(女)らの努力が実りますように!)

 従来から「国家安全保障に関する尋問」への関与が指摘されてきたM.セリグマン(1998年に会長)やJ.マタラ ゾ(1989)が,公開書簡に署名しています.

 セリグマンはポジティブ心理学が大衆的人気を博し,アメリカで最も有名な心理学者のひとりになりました.
 「強化尋問技法」は「学習性無力感」をモデルとして開発されました.
 セリグマンは軍のSEREプログラムで講演を行い,同技法を開発した軍事心理学者やCIAシニアスタッフ(心理学者)をフィラデルフィアの自宅に招いて尋問に関する会議を開いた,と報道されています.
 後に彼が主催するペンシルバニア大学ポジティブ心理学研究所は,軍から巨額の研究資金を支給されました.

 マタラゾは1970年代から健康心理学をディシプリンとして確立するために尽力した功績で知られています.日本の健康心理学者にお馴染みの研究者です.
 日本に健康心理学が導入され確立された1980年代後半から1990年代に,日本の心理学者に北米で新たに生まれ成功を収めた新領域だった健康心理学を教えてくれた恩人です.
 また「マタラゾの法則」は人事研修でしばしば登場します.能力開発セミナーなどで聞いたことのある人も多いことでしょう.
 
マタラゾは,強化尋問技法を開発してCIAの秘密拘禁施設でアルカイダ幹部などに過酷尋問を行った軍事心理学者が設立した軍事顧問会社の役員でした.
 またCIA内の尋問に関する諮問委員会の委員を務め,過酷尋問の必要性を訴え擁護した,と報道されています.

 日本ではあまり知られていない人物ですが,
P.デリオン(2000年)も書簡に署名しています.アメリカ上院で長年,安全保障政策の中枢を担ったD.イノウエ議員(ハワイ州選出,民主党)の首席補佐官を務めた異色の心理学者です.
 日系人で初めて連邦議員に選ばれたイノウエ上院議員(1924-2012)は,アメリカ大統領職の継承順位3位の上院仮議長を務めた有力政治家でした.
 デリオンがAPAの運営に携わるようになってから,APAは政官界との関係を強めたと言われています.
 心理学史家の視点でみると,彼はアメリカ心理学史の中で最も大きな政治力を振るった心理学者のひとりだと思われます.

 心理学的拷問をめぐる問題のキーパーソンのひとりとして取りざたされているS.ブランドン(認知神経心理学,国家安全保障心理学)が,心理学者として初めてホワイトハウス科学顧問に就任し,その後,米政府における尋問の最高機関であるFBIの「重要容疑者尋問チーム」でシニアサイエンティストという要職に就いた背景は,デリオンが培った政官界とのパイプだった,と報じられています.

 上記以外に,監獄実験で国際的に有名なP.ジンバルド(2002年)や,知能理論で知られるR.スタンバーグ(2003年)が公開書簡に署名していることが目を引きます.


 

2016年6月18日 (土)

ブッシュ大統領に衝撃を与えたCIAの心理学的拷問

 9.11同時多発テロの後にCIAに雇用されて「強化尋問技法」を開発し,CIAがアメリカ国外に設置した秘密拘禁施設でテロ容疑者に過酷尋問を行った2名の軍事心理学者を被害者の遺族が訴え,裁判が行われています.

 グル・ラフマン容疑者は2002年にCIAの秘密拘禁施設で強化尋問技法による尋問を受け,死亡しました.
 遺族が同技法を開発した軍事心理学者の罪を問う訴訟を起こし,審理が行われています.

 これまで拷問の非人道性や通信傍受による市民の監視の違法性など,対テロ戦争を遂行する米政府の過誤を内部告発したCIA元職員や国家安全保障局職員らが,米政府によって情報漏えいの罪を問われ訴追されてきました.
 しかし昨秋以来,過酷尋問を計画し認可し,実施した当事者が,その違法性を法廷で問われるようになりました.

 従前,秘されてきた尋問に関するCIAの公文書の一部が,新たに開示されました.尋問の激烈さに改めて注目が集まっています.
 ラフマン容疑者は衣服を剥ぎ取られておしめをあてられ,長時間,壁に鎖で吊るされていたそうです.激しい尋問の末に同容疑者は半裸で冷たいコンクリート造りの部屋に放置され,低体温症のために死亡したとされています.

 テロ容疑者の尋問で強化尋問技法を使用することを事前に認可したブッシュ大統領も,後にその過酷さを知って衝撃を受けた,とデモクラシー・ナウ!が報道しています.
 Latest CIA Torture Docs Show "Evidence of War Crimes" & Level of Brutality That Even Shocked Bush(新しく開示されたCIA拷問文書から「戦争犯罪の証拠」,ブッシュすら衝撃を受けた尋問の過酷さが明らかになった)
 (https://www.youtube.com/watch?v=KQ67axP1sXU&list=PL50BDB9BCCFAF09CA&index=5)

 ワシントンポスト紙の下記の記事も参照ください.水責めによる尋問の事例などが詳しく紹介されています.
 Newly released CIA files expose grim details of agency interrogation program(新たに開示されたCIA文書がCIA尋問プログラムの恐ろしい実態を詳細に明らかにした)
 https://www.washingtonpost.com/world/national-security/newly-released-cia-files-expose-grim-details-of-agency-interrogation-program/2016/06/14/6d04a01e-326a-11e6-95c0-2a6873031302_story.html?hpid=hp_hp-cards_hp-card-world%3Ahomepage%2Fcard

 2014年12月にAFP通信が配信した下記の記事が,ラフマン容疑者らへの過酷な処遇を報道しています.
 アメリカ上院インテリジェンス特別委員会によるCIA拷問問題に関する報告書(ファインスタイン報告書)の内容を報道する記事です.この尋問を実施するために「強化尋問技法」を開発したのが,空軍SEREプログラムで兵士の訓練を担っていた2名の軍事心理学者でした.
 全裸で監禁、水責め、直腸から栄養…CIAによる拷問の実態
http://www.afpbb.com/articles/-/3033846?pid=0

2016年6月 8日 (水)

心理学史の新ジャーナル「European Yearbook of the History of Psychology」

 心理学史研究に関する新しいジャーナル「European Yearbook of the History of Psychology」の創刊号が発行されました.

 タイトルが示しているように今後,年に1冊刊行される予定です.ヨーロッパ人間科学史学会(ESHHS)に所属する心理学史研究者を中心に,この専門誌が新たに創刊されました.
 ESHHSについては下記のサイトを参照ください.
http://www.eshhs.eu/wordpress-3.3.1/wordpress/

 版元はベルギーのBrepols社です(http://www.brepols.net/Pages/ShowProduct.aspx?prod_id=IS-9782503551715-1).

 このジャーナルが発展すれば,心理学の歴史や哲学に関する理解を深めることができます.皆さん,お手近の図書館に購入願いを出しましょう!

 創刊号の目次を下にお示しします.

European Yearbook of the History of Psychology 1 (2015) : Sources, Theories, and Models

1. Editorial by Mauro Antonelli

2. Original Essays:
The Status of the History of Psychology Course in British and Irish Psychology Departments.  Adrian C. Brock & Matthew Harvey (Independent Scholars, United Kingdom)
Aristotle’s Theory of Self-Perception.  Marcello Zanatta (University of Calabria, Italy)

2. Short Papers:
William James Meeting Wilhelm Dilthey.  Horst Gundlach (Heidelberg, Germany)
In Search of Animal Intelligence: The Case of the Italian Psychologist Tito Vignoli (1824-1914).  Elena Canadelli (University of Padua, Italy)
Unpublished and Archival MaterialCharcot and the Mental Calculator. Jacques Inaudi
Serge Nicolas (Paris Descartes University) & Alessandro Guida (University of Haute Bretagne, France)
Procédés psychiques de fixation et de réviviscence des chiffres chez le calculateur. Jacques Inaudi
Jean-Martin Charcot (1892).
Giuseppe Guicciardi and Giulio Cesare Ferrari on the Mental Calculator Ugo Zaneboni
Dario De Santis (University of Milano-Bicocca, Italy)
Il calcolatore mentale “Zaneboni”. Contributo alla psicologia delle memorie parziali
Giuseppe Guicciardi & Giulio Cesare Ferrari (1897)

Discussions:
Ethology & Psychology
Introduction. Ethology: Ecology and Objectivity.  Jannes Eshuis (Open University of the Netherlands)
Lorenz’s Human Ethology: Between the Search for a Human Singularity and the Prophecy of the Apocalypse.  Arthur Arruda Leal Ferreira (Federal University of Rio de Janeiro, Brazil)
Tinbergen’s Striving for Objectivity.  Jannes Eshuis (Open University of the Netherlands)
Molarity, Ecological Validity, Objectivity, and the Road to Ethology.  René van Hezewijk (Open University of the Netherlands)

Interview:
Interview with Mario Zanforlin.  Mauro Antonelli & Daniele Zavagno (University of Milano-Bicocca, Italy)

Book Reviews:
Roger Smith, Between Mind and Nature. A History of Psychology
Reviewed by Csaba Pleh (Eszterházy Károly College, Eger, Hungary)
Richard T. G. Walsh, Wilfrid Laurier and Thomas Teo, A Critical History and Philosophy of Psychology: Diversity of Context, Thought, and Practice
Reviewed by Zhipeng Gao (York University, Canada)

Obituary:
Willem van Hoorn (1939 – 2014).  Johann Louw (University of Cape Town, South Africa) & Kees Bertels (Leiden University, The Netherlands)

   

« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »