「史上最悪の心理学実験」とアメリカ心理学会の「恐るべきスキャンダル」:『フランケンシュタインの誘惑:科学史 闇の事件簿』NHK・BSプレミアム
NHK・BSプレミアムの番組『フランケンシュタインの誘惑:科学史 闇の事件簿』が,ジンバルドの刑務所実験と心理学の倫理,対テロ戦争における「心理学的拷問」などを取り上げます.
NHKBSプレミアム 28日,午後9時00分~ 午後10時00分
フランケンシュタインの誘惑「人が悪魔に変わる時 史上最悪の心理学実験」
同番組のホームページによると(http://www4.nhk.or.jp/P3442/x/2016-07-28/10/19496/2071004/),
「今回は、史上最も“残酷な心理学実験”と称される「スタンフォード監獄実験」に光を当てる.単なる「監獄ごっこ」が平凡な被験者を悪魔に変え、実験を指揮した心理学者自身も狂わされていった.非人道的な実験の倫理を巡る議論とその後、さらにアメリカ心理学会が「テロとの戦争」の中で犯した恐るべきスキャンダル!人間の心を科学する学問・心理学の闇に迫る」という番組のようです.
2004年にイラクのアブグレイブ収容所における,米兵による収容者の虐待が明らかになり政治的,社会的スキャンダルが巻き起こりました.
米兵が虐待を行った理由を説明するためにジンバルドの監獄実験の知見が引用され,この実験に改めて注目が集まりました.
彼は「状況の力」から一歩進め,「ルシファー効果」という用語を案出してアブグレイブの惨劇を説明しました.
心理学的拷問に反対してアメリカ心理学会(APA)に禁止を求める運動を行ってきた心理学者団体「倫理的心理学をめざす絆」によると,ジンバルドは2002年6月に,S.ブランドン(認知神経心理学,国家安全保障心理学)らとともに国家安全保障会議の対テロ戦部門の上級職員と会議を行ったそうです(http://ethicalpsychology.org/timeline/).
合衆国大統領を長とし,国防長官や国務長官などによって構成される国家安全保障会議は,安全保障政策に関するアメリカ政府の最高機関です.日本でも安倍政権がこれをお手本にして国家安全保障局を設置しました.
認知神経心理学者のS.ブランドンは政官界でAPAのためにロビー活動を行うAPAの役職「シニア・サイコロジスト」を務めた後,ホワイトハウス科学技術政策局に勤務し,対テロ戦争を戦う政府の中枢に直接つながるチャンネルを築いた,と言われています.
ブランドンは「国家安全保障に関する尋問」を実施する体制が構築され維持される過程で,APAと政府,軍事・情報セクターの担当者を結びつけて機能させる役割を担ったそうです.
オバマ大統領はCIAによる「過酷尋問」を拷問だと認め,禁止しました.2009年にテロ容疑者を捜査する新組織として国家安全保障会議のもとに,「重要容疑者尋問チーム」を設置しました.アメリカにおける尋問に関する最高機関です.ブランドンはここで研究者の最高職位である「シニア・サイエンティスト」という要職に就いています.
9.11同時多発テロの後,APAは対テロ戦争やテロによる被害への対策などのため,政府との関係をいっそう強化しました.
だから,ジンバルドが国家安全保障会議の幹部職員と意見交換を行ったからといって,彼が「心理学的拷問」に加担したという訳ではありません.会長を含むAPA幹部たちは様々な領域で当局と接触していました.
人権NGOや拷問に反対するジャーナリストや一部のAPA会員の調査によって,M.セリグマンやJ.マタラゾや他のAPA会長の関与が明らかになりました.一方,ジンバルドの関与はこれまで指摘されていません.
2002年にAPA会長を務めたジンバルドは自分の任期中に「国家安全保障に関する尋問」について聞いたことはないと述べ,かかわりを否定しています.
また,この問題が明らかになって以来,心理学者が専門的知識を用いて個々の被尋問者から供述を引き出す企図に関与することは倫理的に許されない,という立場を表明してきました.
尋問に関する一般的な情報を当局に提供することは構わないが,実際にテロ容疑者の尋問に加担するなら心理学の倫理に違反する,と考えたのでしょう.
しかし,前報でお伝えしたように,8名のAPA元会長がホフマン報告に疑義を呈した公開書簡に,セリグマンやマタラゾやデリオン,スタンバーグなどとともに,ジンバルドも署名しています.
今,APAのガバナンスには抜本的な改革が求められているのですが,事態は複雑です.
24日から横浜で開催されるICP2016でも,この問題を扱うシンポジウム 「心理学者の名のもとで拷問を行わない:ホフマン報告の後の心理学」 が開催されます.
このシンポジウムの企画者は国際心理科学連合会長です.「心理学的拷問」が世界の多くの心理学者にとって,重要な問題と考えられていることが伺われます.
アメリカ心理学会の現会長S.マクダニエルが「アメリカ心理学会の独立調査報告書:得られた教訓と新たな行動」と題する報告を行います.
また,APAの倫理指針が変更された工作の舞台になった「心理学の倫理と国家安全保障に関する特別委員会(PENSタスクフォース)」の委員を務め,倫理指針の変更に反対したM.ベッセルも登壇します.「心理学の魂(soul)と実践を変える:人権を中心にすえること」と題する報告を行います.
ICPを開催する国際心理科学連合の会長を務めるS.クーパーが,同連合の拷問に対する立場を報告します.
Tuesday, July 26, 10:50 – 12:50
Conference Center 5F 501
Not in our name: Psychology post-Hoffman
Organizer: Cooper, Saths (South Africa (Republic of South Africa))
Is the German 'Civil Clause' a model to prevent the involvement of
psychologists
in military atrocities? Boehnke, Klaus (Germany)
Transforming the soul and practice of psychology: Placing human rights
at the center Wessells, Michael G (United States of America)
The Independent Review of the American Psychological Association:
Lessons Learned and Actions Taken McDaniel, Susan H (United States
of America)
The IUPsyS position on torture Cooper, Saths (South Africa (Republic
of South Africa))
「国家安全保障に関する尋問」と心理学の関係は今も問われ続けています.アメリカ心理学から強い影響を受けている日本の心理学にとっても,無縁の話題ではありません.
番組の制作スタッフから取材を受け,私もこの問題の背景などを説明し資料を提供しました.NHKの番組で現在,アメリカ心理学会が取り組んでいる問題がどのように取り上げられるか,楽しみです.