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2016年10月

2016年10月27日 (木)

心理学と自文化中心主義,植民地主義:オーストラリア心理学会がアボリジニとトレス諸島民に謝罪しました

 オーストラリア心理学会がオーストラリアの先住民であるアボリジニとトレス諸島民に,長年にわたる「白人の心理学」による植民地主義的な処遇について,謝罪しました.
 先月,メルボルンで開催された同学会の年次大会で会長が正式に表明しました.


  心理学の教科書を読むと,心理学は「科学的心理学」であり「客観的な」立場から研究を行い,その成果が様々な領域で公正に応用されている,と説明されていることが多いようです.
 そこで採用されている心理学の定義は,「心理学は心的過程と行動の科学」である,というものです.これは認知行動主義の立場からみた心理学の定義です.

 数々の巨大な成果をあげてきた科学の重要性に,疑いの余地はないように思われます.
 しかし「科学的心理学」が語られる場合には,どのような研究の方法論が「科学的」なものとされ,科学の名の下で何が行われているか,ときに立ち止って一考することも必要です.

 世界の各地で批判心理学者は,心理学が必ずしも「科学的で客観的で偏りのない人間一般の心理学」とは言いえない実例に出くわし,問題の重大さを自覚することになりました.
 ここから出発して,各国・地域の状況に応じて「人間を不幸にする科学的心理学」が抱えている問題を解決するために,様々な努力を続けてきました.



オーストラリアの「白人の心理学」
 アボリジニによるアボリジニのための健康の増進を目的とする公的組織(National Aboriginal Community Controlled Health Organisation,NACCHO)のニュースサイトが,オーストラリア心理学会会長による謝罪を詳報しています.

 それによると,

・オーストラリア心理学会が先住諸民族の文化や信念体系や世界観を認めず,西洋心理学の診断方法論を用いてきたこと.
・オーストラリア心理学会が用いてきたアセスメントの技法や手続きが,アボリジニとトレス諸島民の能力を過小評価してきたこと,またそうした見方を広める役割を同学会が担ってきたこと.
・アボリジニとトレス諸島民の生活条件を向上させるためではなく,心理学者が自分の業績をあげるために研究を行ってきたこと.
・セラピーにおいて,アボリジニとトレス諸島民の伝統的なヒーリング文化を無視してきたこと.社会的,情緒的なウェルビーイングを理解し促進するうえで,固有の文化が果たす役割を認めてこなかったこと.
・先住民の子どもを親から隔離し,西洋化を強制して「盗まれた世代」を生み出した政策など重大な諸政策が決定・実施される過程で,オーストラリア心理学会がアボリジニやトレス諸島民の権利を擁護せず,沈黙を保ったこと.


 詳細については,NACCHOの下記のサイトをご参照ください.写真入りで詳報しています.

 Australian Psychological Society issues a formal apology to Aboriginal and Torres Strait Islander People.
(https://nacchocommunique.com/2016/09/15/naccho-aps2016-australian-psychological-society-issues-a-formal-apology-to-aboriginal-and-torres-strait-islander-people/)


 「盗まれた世代」が経験した苦悩を,次の映画が描いています.
 『裸足の1500マイル』(フィリップ・ノイス監督,2002,オーストラリア映画)
 
  政府のアボリジニ保護局長をケネス・ブラナーが演じています.アボリジの子どもを親から引き離し,白人の手で育てて西洋文化に同化させる政策の責任者です.
 局長はアボリジニを保護するために同時代の科学的知見にもとづき,良心的に行動しているようにみえます.自分の考えが科学的な,正しいものだと信じているようです.
 心理学もそこで活用された「科学」の一部だったのかもしれません.

 
     裸足の1500マイル [DVD]

 



主流心理学に潜む自文化中心主義

 心理学は一般に,「客観的で価値中立的な人間一般の心理学」だと考えられています.
 しかし文化が異なると,心観や人間観も異なることがあります.そのため,非西洋文化圏ではときに西洋の心理学が自文化中心的に過ぎる,と映ることもあります.

 特に西洋心理学によって,非西洋文化に属する人が欧米人よりも劣った,未開な人々だと診断された場合,非西洋文化圏の人々は重大な不利益を被ることになります.

 西洋文化に属する人が「正常」で,非西洋文化に属する人が「異常」な,「逸脱」した,「病理的」な存在だと「人間一般の科学的心理学」によって診断される悲劇が続いてきました.
 アボリジニやトレス諸島民は長年,オーストラリアの「白人の心理学」に
抗議の意を表していました.

 時代が移り状況が変われば,主流心理学も変わっていくようです.
 オーストラリア心理学会が過去の過誤を自覚して謝罪し,新たな道を歩き始めたことは評価できます.

 これより前,2008年2月にラッド首相(労働党)が先住民に謝罪しました.下記はAFP通信が配信した記事です.
  豪先住民「盗まれた世代」、政府謝罪を機に新しい人生に踏み出す
   (http://www.afpbb.com/articles/-/2349559)



固有文化の心理学

 西洋の心理学が「普遍的な人間一般の心理学」ではないのではないか,という視点から近年,「indigenous psychology」が注目を集めています.
 日本語に訳しにくい言葉ですが,欧米とは異なった地に根付いた,その土地に固有の文化の意義を重んじる立場にたつ「固有文化の心理学」といった意味です.
 欧米とは異なる文化をもつ国・地域で,このアプローチに関心が高まっています.
 日本の心理学も,「固有文化の心理学」のアプローチで検討できると考えています.

 オーストラリア心理学会とは別に,オーストラリア固有文化心理学会(Australian Indigenous Psychologists Association)も設立されました(http://www.indigenouspsychology.com.au/).

 この学会のウェブサイトで日本では知る機会の少ない,新しい心理学の見方に触れることができます.




2016年10月22日 (土)

ヨーロッパ心理学会議のメインテーマは「もっとも重要な社会的課題に取り組む心理学」です

 第15回ヨーロッパ心理学会議が来年7月11日から14日まで,アムステルダムで開催されます.

 一昨日,会議の開催を知らせる電子メールが届きました.メールを読んで,会議のテーマが「もっとも重要な社会的課題に取り組む心理学(Psychology addressing Society’s greatest Challenges)」であると知り,ちょっと驚きました.


ヨーロッパの主流心理学と社会

 同会議は「もっとも重要な社会的課題に取り組む心理学」というメインテーマのもと,下の5つの主題に関する発表を募集しています.
・生活を一変させる出来事:移民,統合,適応      
・効果的な心理学的介入を作る      
・社会のレジリエンスを強化する:予防と初期介入
・長所を伸ばし,労働市場への参入を刺激する        
・テクノロジーと行動の変容(インターネットによる介入,モバイル技術と健康,脳研究など)

 ヨーロッパ心理学会議の詳細については,次のサイトをご参照ください.
 
https://psychologycongress.eu/2017/


 同会議はヨーロッパ各国の心理学会が集うヨーロッパ心理学連合(http://www.efpa.eu/)が,隔年で開催しています.ヨーロッパの主流心理学を代表する学術会議です.

 欧米の主流心理学は「科学的心理学」を旗印として,実験心理学や量的方法による実証的研究が重んじられています.日本のアカデミックな心理学も同様です.(日本の臨床心理学や心理療法は,必ずしもそうではありません.)

 一般に科学の重要性は,改めてここで述べるまでもありません.
 主流心理学では
「心理学は科学なのだから,社会問題に係るべきではない」という考えが受け入れられています.客観的な研究を行うために,心理学者は「価値中立的」である必要がある,だから社会と距離をおくべきだという考え方です.

 そのため貧困や紛争や対立,差別など,私たちの心や実生活に大きな影響を与えている社会的課題に取り組む心理学者は,「科学的心理学」を標榜する人たちに疎んじられることになります.
 
 もちろん,科学が社会と無関係で,科学者が社会的課題の解決のために働いてはいけない,というわけではありません.
 科学者も社会の一員ですから,実際には多くの科学者が社会的課題に取り組んでいます.「科学的心理学」はこの点で混乱しているようです.
 心理学と科学と社会の関係は理論心理学や批判心理学のおもな研究主題のひとつです.

 管見では,アメリカ心理学会や日本心理学会が近い将来,「もっとも重要な社会的課題に取り組む心理学」をメインテーマに掲げて年次大会を開くことはなさそうです.

 ヨーロッパの主流心理学が社会問題に正面から取り組む時代になったのですね!?
 それほど,直面している問題が深刻なものなのでしょう.

 ゼロ年代以降,ヨーロッパの批判心理学者から,新自由主義経済政策による格差の拡大や教育や福祉への公共支出の削減,テロや中東危機,移民問題などが喫緊の課題になっていることは,折に触れて聞いていました.

 心理学には様々な側面があります.「心を対象とする純粋な知的探究」としての心理学よりも,「社会的ニーズに応える心理学」,「マネージメントのツールとしての心理学」などが注目を集めているのでしょう.
 今後,いっそう社会の心理学化が進みそうです. 

 しかし,社会的課題に取り組む心理学者が必ず批判心理学者だ,というわけではありません.
 社会的課題に直面して苦しんでいる人の福祉や幸福のためではなく,社会を統治し人々を管理するために心理学を適用することもできます.(不幸なことに,主流心理学は長年,こうした役割を担ってきました.)

 来年,開催されるヨーロッパ心理学会議が主題とする「社会的課題に取り組む心理学」が,「社会の管理・統制のための心理学」ではなく,貧困や紛争や移民問題などの解決のために役立つ「人間の幸福に寄与する心理学」へと発展するよう願っています.


ヨーロッパ心理学会議と批判心理学
 10年ほど前のことですが,ヨーロッパ心理学会議で世界各地における批判心理学の発展と可能性を主題とするシンポジウムが開かれるので,日本の批判心理学について報告してほしい,と誘われたことがありました.

 同会議の主催者が批判心理学に関心をもち,発表と討議のために十分な時間を設けると約束している,という話でした.このころには批判心理学は,主流心理学が無視できない世界の心理学の新動向として認知されていたのでしょう.
 ヨーロッパ心理学会議で世界の批判心理学を討議するシンポジウムが求められる時代になった,と時代の変化を印象づける出来事でした.

 日本の心理学は1870年代にさかのぼる長い歴史を持っています.そこで主流心理学に対してどのような批判心理学が営まれているのか,他国の批判心理学者は大きな関心をもっています.
 残念なことに他の学会とのスケジュールの調整がつかず,私はこのシンポジウムに参加できませんでした.(その後,シンポジウムは成功裏に行われた,と聞きました.)

 批判心理学は世界の各地で,国・地域の状況の差違を反映して多様な方向へ発展しています.日本とは異なる文脈で行われている批判心理学を知ることは,日本の心理学者に多くの刺激を与えてくれます.
 一方,日本の固有の文脈で行われている批判心理学は,他国の批判心理学者が新たな視座を開くヒントになりえるのです.

 批判心理学年報(Annual Review of Critical Psychology)は,もっとも広く読まれている批判心理学の専門誌です.これまでに二度,世界の批判心理学に関する特集号を刊行しました.日本の批判心理学に関する論文も含まれています.ネット上で公開されています.

 
Annual Review of Critical Psychology 5: Critical psychology in a changing world. 2006. (https://discourseunit.com/annual-review/5-2006/)

 Annual Review of Critical Psychology 10: Critical psychology in a changing world: building bridges and expanding the dialogue.  2013.  (https://discourseunit.com/annual-review/10-2013/)

2016年10月19日 (水)

世界の大学 トップ10 :心理学篇

 イギリスの教育情報誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」が先月,2016年の世界の大学ランキングを発表しました.
 同誌は
「教育」,「研究」,「論文被引用数」,「産業界からの収入」,「国際性」などについて大学ごとに調査し,2004年から世界の大学ランキングを発表しています.

 新聞などのマスコミ報道で,日本の大学が同ランキングの上位200校の中に何校入ったか,アジアでトップの座を日本の大学が得ることができたか,などが取り上げられました.
 大学の運営や文教政策,科学技術政策に携わる関係者の間では,こうしたランキングが大学の価値を客観的に示す指標とされ,重んじられています.
(その結果,大学の研究や教育が影響を受けるようになりました.)
 このランキングで上位に入る大学が多い国は,科学技術の研究・開発において成功を収めている,と見なされています.

 政・官・産業界では,諸外国と比較して日本の科学技術の研究と教育の水準を評価する分かりやすい指標として活用されています.

 同誌は主要な学問領域ごとにランキングを調査しています.
 心理学や心理療法に関する情報を提供しているウェブサイト「Psychreg」に,同ランキングをもとに心理学の研究・教育を行う大学のトップ10を紹介する記事が掲載されました.

 Top 10 Universities in the World for Psychology: THEWUR 2016 (http://www.psychreg.org/top-10-universities-world-psychology-thewur-2016/)


 世界の心理学のトップ10大学として紹介されているのは次の大学です.

1.オックスフォード大学
2.カリフォルニア工科大学
3.スタンフォード大学
4.ケンブリッジ大学
5.マサチューセッツ工科大学
6.ハーバード大学
7.カリフォルニア大学バークレー校
8.シカゴ大学
9.イェール大学
10.ペンシルバニア大学


 私が知る限りでは,心理学界ではこうしたランキングはまだ.重んじられていないようです.
 しかし,自然科学系や工学系の諸学科のように近い将来,日本の大学の心理学科もグローバル化されたランキングの影響を受けるようになるかも知れません.
 経済と同様に,知の領域でも今後,グローバル化がいっそう推進されると考えられます.


 心理学の研究主題や研究方法,教育や社会との係り方も多様です.

 タイムズ・ハイヤー・エデュケーション誌は
「教育」や「研究」,「論文被引用数」,「産業界からの収入」,「国際性」などに関する指標を用いてランキングを産出したそうです.
 多様な心理学のあり方を的確に反映する指標とは,どのようなものでしょうか?上記の10大学における心理学の研究と教育も,それぞれ得意分野を異にし,独自の特色を持っているのでは,と思います.

 アメリカの理論心理学者 S.コッチは半世紀以上前に,「サイコロジー」という言葉に代えて「サイコロジカル・スタディーズ」という呼称を用いるべきだ,と述べていました.
 「サイコロジー」という言葉が,ひとつの共通した目的や方法,理論をもつまとまった学問が現に存在している,という誤ったを印象を生んでいるとコッチは考えました.

 「サイコロジカル・スタディーズ」を用いると,心に関する多様な研究(目的や方法や主題,理論の多様性)の総称が心理学だ,という意味になります.
 日本で活動する理論心理学者の立場から,私は現状ではこうした幅広い心理学観が役に立つと考えています.




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