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2016年12月

2016年12月30日 (金)

『442日系部隊:アメリカ史上最強の陸軍』- イノウエ上院議員から対テロ戦争における「心理学的拷問」までの距離

 2016年も残り二日になりました.
 今年が終わる前に,この一年で印象に残ったドキュメンタリー映画をご紹介します.

 『442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍 WAC-D6322011』
 監督: すずきじゅんいち
 販売元: フイルムヴォイス,2011年発売


 アメリカの軍事史において,また
日系アメリカ人の歴史において,第2次大戦時に日系人によって編成されたアメリカ陸軍442部隊の活躍は,特筆される歴史的事象です.
 部隊員の大半が死傷するほどの犠牲を払ってヨーロッパ戦線で数多くの戦功をあげ,アメリカでは戦史に残る英雄的部隊として記憶されているそうです.
 この活躍のニュースが全米で知られ,日系アメリカ人が長年苦しんだ人種差別を脱して社会に受け入れられる契機になりました.

 ドキュメンタリー映画『442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍 WAC-D6322011』は,真珠湾攻撃から部隊の編成と訓練の過程,ヨーロッパ戦線での激しい戦い,兵士たちの戦後の生活などを元兵士たちに行ったインタビューを交えて描いています.

 日系アメリカ人の苦難の歴史や戦争の悲惨な実相,激しい戦闘が引き起こした重度のPTSDなどを,この映画で知りました.お薦めの一本です.
 DVDで視聴できます.

    「442日系部隊」の画像検索結果


アメリカンドリームを体現したダニエル・イノウエ上院議員


 442部隊で活躍した英雄がハワイ出身の日系2世,ダニエル・イノウエ上院議員(1924-2012)です.
 上記の映画でインタビューに答え,激しい戦闘の模様や戦後の兵士たちの半生を語っています.

 福岡県にルーツをもつイノウエ氏はドイツ兵の砲撃を受けて右腕を失い,医師になる夢を諦めました.
 しかし戦後に故郷ハワイで政治家として頭角を現し,日系人として初めて連邦下院議員(民主党)に当選し,後に上院議員に当選して亡くなるまで50年間,議席を守りました.
 ウォーターゲート事件を究明した上院特別調査委員会で活躍し,イラン-コントラ事件を調査した特別委員会委員長を務めました.上院インテリジェンス委員会委員長や同歳出委員長を務め,アメリカの軍事・諜報政策を担う大立者になりました.

 晩年にアメリカ大統領職継承権第三位の上院仮議長に就任しました.米社会の周縁で疎外されていた日系移民社会から起って,アメリカンドリームを体現した人物です.
 2012年に死去すると,イノウエ議員の遺体は連邦議会議事堂のロタンダ(円形ドーム広間)に安置されました.アメリカ合衆国の建国以来,国家への著しい貢献を認められた稀有な人物にのみ捧げられる栄誉だそうです.

 日系移民2世である彼はアメリカ社会でマイノリティが直面する困難をよく知っていました.そこでマイノリティや社会的弱者を支え,擁護する政策を実現するために活動しました.
 その中には福祉や医療・健康にかかわる政策も含まれました.臨床心理学を専門とするスタッフもそれを支えました.
 


対テロ戦争における心理学的拷問までの距離

 長年,イノウエ議員のスタッフとして働き,後に首席補佐官を務めたのが臨床心理学者のパトリック・デリオンです.

 ハワイで心理臨床の仕事に就いていたデリオンは,イノウエ議員の事務所スタッフに採用され,心理学者としては異色のキャリアを積んでいきます.
 日系2世の苦難の経験を踏まえて福祉や保健などの公的サービスを重んじた同議員の政策の実現のために働き,臨床心理学的ケアの普及に努めました.
 政官界で大きな影響力を振るった有力議員のスタッフであるデリオンも,政官界に人脈を広げ政治的影響力をもつようになりました.

 デリオンは1980年代からアメリカ心理学会(APA)の運営にたずさわり,2000年にAPA会長に選出されました.
 彼がAPA執行部に加わってから,APAは政府や国防総省などとの関係を強めた,と言われています.

 2001年に9.11同時多発テロが起こると,ホワイトハウスや国防総省やCIAはテロ対策に追われました.
 テロ対策の要はテロ容疑者を尋問して,情報を得ることです.そのため当局は通常の尋問の技法を越えた「過酷尋問」の技法を求めました.人権や人道に対する配慮を越えて軍事心理学者が水責めを含む「強化尋問技法」を開発しました.
 対テロ戦争において,国連の拷問等禁止条約や戦争捕虜の人道的な処遇を定めたジュネーブ条約は無力化されました.

 デリオンがAPAと政府や議会の間に築いていたネットワークが,CIAによる「強化尋問技法」を用いた過酷尋問(心理学的拷問)や国防総省がガンタナモ収容所などに派遣した「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」による過酷尋問を実施する体制を支える役割を果たしました.

 管見では,1892年に設立されたアメリカ心理学会の歴代の会長の中で,おそらく最も大きな政治的影響力を振るったひとりがパトリック・デリオンだと考えられます.

 この問題に関心をお持ちの方は下記をお読みください.

 Torture, Psychology, and Daniel Inouye: The True Story Behind Psychology’s Role in Torture (2009)
 (http://www.huffingtonpost.com/bryant-welch/torture-psychology-and-da_b_215612.html)


 下記のブログエントリーも,デリオンについて記しています.

  アメリカ心理学会元会長の公開書簡Ⅰ:ホフマン報告をめぐる混乱
  (http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-2ecd.html)



 米国立第二次世界大戦博物館(National WWII Museum)が戦争を記録するオーラル・ヒストリープロジェクトの一環として,イノウエ議員にインタビューを行いました.
 歴史研究者のひとりとして(心理学史家も歴史研究者です),20世紀前半から21世紀までアメリカで活躍した日本にルーツをもつ人物の経験と思想に大いに関心をもちました.
 下記のサイトで公開されています.同議員の貴重な経験を知ることができます(日本語字幕は付いていません).

  Oral History: Daniel Inouye
  (https://www.youtube.com/watch?v=rCHQK2SHUsA)

2016年12月28日 (水)

道場親信の社会運動史研究と批判心理学

 年の瀬に2016年を振り返ると,私の心に浮かぶのは何よりも,学生時代からの畏友である道場親信君(社会学者,和光大学教授)を失ったことです.
 胆管がんのため,9月14日に亡くなりました.享年49歳.

 幅広く綿密に収集した資料とその時代に実際に活動していた当事者への詳細なインタビューにもとづき,戦後の社会運動・文化運動の研究に新機軸をもたらしました.
 彼の仕事は,グローバル化の影響の下で社会的統制が強化されつつある今日の日本社会を批判的に展望する視座を提示しました.

 もし病に侵されずに通常,大学教員が定年を迎える年齢まで研究を続けていれば,どれほど多くの仕事を成し遂げたかと考えると,本当に残念でなりません.
 熱心に研究活動に打ち込む姿を知る人は皆,道場君の無念を思い,悲しんでいることでしょう.

 敗戦後60年の2005年に刊行された『占領と平和:“戦後”という経験』(青土社)は当時,戦後史を再検討していた論壇の注目を集めました.

 
      「占領と平和」の画像検索結果


 10月に『下丸子文化集団とその時代:一九五〇年代サークル文化運動の光芒』(みすず書房)が刊行され,読書会などで取り上げられています.

       「下丸子文化集団とその時代」の画像検索結果

 この2年ほどの間,道場君を対話の相手として,「科学としての心理学」や「社会の中の心理学」をメタ学問的に考察するシンポジウムを開きたいと準備してきました.
 現在,世界各地で批判心理学者が取り組んでいるおもな課題のひとつは,心理学と社会の関係を問い,「管理統制のための心理学」を脱構築して「幸福に寄与する心理学」を構築することです.

 シンポジウムを実現できていたなら,きっと心理学者に知的な,また倫理的な刺激を与えてくれたことでしょう.


 道場君の研究関心の一端を,2014年に図書新聞に掲載された下記の対談から知ることができます.

 一人ひとりの心に「広場」を! 対談 大木晴子×道場親信 大木晴子+鈴木一誌編著『1969』

 (http://www1.e-hon.ne.jp/content/toshoshimbun_3169_1-1.html)

▼日本には「広場(の文化)」がないとよく言われる。しかし本当にそうだろうか―。かつて新宿の真ん中に「広場」が存在した。『1969―新宿西口地下広場』(新宿書房)刊行を機に、その広場の「歌姫」と言われた大木晴子氏と、和光大学教員の道場親信氏に対談していただいた。
■新宿西口フォークゲリラを始めるとき.... 
 (続きは,上記のサイトでお読みください.)



 東京新聞に追悼記事が掲載されました.
  力振り絞り著した「社会運動」 道場親信さん遺稿 相次ぎ出版(2016年12月24日)
  
(http://www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/list/201612/CK2016122402000152.html)



 年明けの1月9日に下記のシンポジウムが開催されます.
  道場親信の思想と仕事『下丸子文化集団とその時代』刊行記念の集い

     (http://www.msz.co.jp/event/08559_ymca20170109/)

 

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