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2017年7月

2017年7月25日 (火)

『美女と野獣』と病理化,心理学化

『美女と野獣』と心を病む人のディスコース

 大ヒットした話題のディズニー映画『美女と野獣』(ビル・コンドン監督,エマ・ワトソン主演)を観ました.
 よくできたエンターテインメントですね.時間のたつのを忘れて楽しみました.

 以下,ネタばらしになるのですが,心理学史研究者や批判心理学者からみて興味深い場面がありました.
 ストーリーの展開のうえで重要なシーンで,主人公の美女が群衆によって「実在しない野獣をみたと主張する異常な人」と位置づけられ,「マッド・ハウス」に送られそうになります.
 大勢の人がいる街中で,無理やり外から鍵のかかる馬車に押し込められ,自分の意思に反して心の病を治療する施設に送られそうになるのです.

 
『美女と野獣』の原作は18世紀半ばにフランスで発表されたそうです.現代の心理学はもちろん,精神医学が登場する前の時代です.

 詳しい時代考証は他にゆずります.フーコーの『監獄の誕生:監視と処罰』(1975/1977)がこの問題を扱っています.
 上のシーンには「正常性の基準を逸脱した人(野獣という幻覚をみる人)は専用の施設で治療を受ける必要がある.本人のためにそうすべきである」,「当事者ではなく,社会や公衆がそれを決めることができる」というディスコースが現れています.
 それが社会に受け入れられ,「異常な人」を「マッド・ハウス」に移送する公的制度(鍵のかかる拘禁用馬車や御者兼看守)も整備されています.

 19世紀半ば以降,国民国家が形成され社会の近代化が強力に推し進められました.医療や教育や産業や司法,軍事,福祉などの諸領域で個人の心的な性質や能力を把握し管理しようとする動勢が強まりました.
 集団としての人間の平均的な性質が知られるようになると,平均から逸脱した人が「異常な人」として病理化されるようになりました.

 心理学化が始まった20世紀には,こうした病理化や異常化のツールとして心理学が生み出した検査や説明理論,専門用語が大きな役割を演じるようになりました.


心理学化と知能検査,異常化

 知能検査とIQはその代表的なものです.
 
トランプ米大統領が論敵や批判者を「IQが低い」と非難した発言がニュースになりましたが,この発言はIQが濫用されている一例です.

 日本でも戦後,障害児教育において通常の学校教育を受けるか「特殊教育」を受けるか,子どもを選別するツールとしてこれらが用いられ,関係者の間で悪名を馳せました.関心をおもちの方に下記の本をお薦めします.

  
日本臨床心理学会編 『心理テスト―その虚構と現実』 現代書館 1979
 

 もし映画の主人公の美女が20世紀以降の西洋型社会で生きていたなら,心理学者によって知能検査など,心的性質・能力を測定する各種の検査を受け,心理療法の介入対象になったかもしれませんね.

 20世紀初めにフランスで「精神年齢」という概念を考案し,測定する実用的な知能検査を世界で初めて作成したのは,アルフレッド・ビネ(1857-1911)です.
 精神年齢と生活年齢(実際の年齢)の比をとって知能指数として表示する方法を提唱したのは,ドイツのウィリアム・シュテルン(1871-1938)です.
 彼らはおそらく,知能検査やIQを被検査者を差別したり抑圧するために用いようとは,考えもしなかったことでしょう.
 彼らの後,アメリカで集団式知能検査が発展し,IQによって個人や特定の属性をもつ人の集団(民族や人種,ジェンダーなど)の知能を表示する研究が行われるようになりました.
 第2次大戦の後,日本でも学校教育において知能検査の結果,算出されたIQが子どもの「教育可能性」を科学的に表示するものとして用いられてきました.


 おそらく大多数の心理学者は社会の一員として善意や研究者の良識にもとづいて,研究や心理臨床や教育などの心理学実践を行ってきたのだと考えられます.

 しかし心理学者が行った研究実践によって,個人の心的な性質や能力を測定し表示する便利なツールが生み出されると,社会の様々な領域において人間を管理し統治するニーズに応えるために,それが適用されるようになります.

 心理学化を推進する主な要因は,こうした社会構造の中に含まれています.
 また,そうした社会の中で専門家として教育を受け研究などの心理学実践を行う心理学者は,疑いの余地のない与件として社会構造を自明視するようになりがちです.



 

2017年7月21日 (金)

原子力規制委員会と東電新経営陣の会議:ディスコース分析心理学者の視点

東電新経営陣の考えを聴いた規制委員会

 7月10日に原子力規制委員会が新たに先月,東京電力の会長や社長に選任された経営者を招いて,会議を行いました.
 同委員会の委員たちが東電の新経営陣に,
福島原発事故の賠償や廃炉,トリチウム汚染水の処理方法,柏崎刈羽原発の再稼働など喫緊の課題について,経営責任者の考えを問いました.
 その模様を新聞各紙が報道しました.


 「東電は福島と向き合ってない」 規制委長、新経営陣を批判」 朝日新聞
 http://digital.asahi.com/articles/DA3S13029559.html


 「「福島が原点、口先だけ」=東電新経営陣に批判続出-原子力規制委」」 時事通信
 http://www.jiji.com/jc/article?k=2017071000479&g=eqa


 「東電新経営陣 あきれ果てた発言」 福島民報
 
https://www.minpo.jp/news/detail/2017071343283

 「原発最前線 規制委vs東電新経営陣 意見交換初戦は東電惨敗 柏崎刈羽再稼働にも暗雲か」 産経新聞
 http://www.sankei.com/premium/print/170718/prm1707180002-c.html




 同委員会はこの会議をインターネットで公開しています.1時間30分ほどの動画です.

 第22回原子力規制委員会 臨時会議(平成29年07月10日)
 
https://www.youtube.com/watch?v=BN3ue81LrYM



ディスコース分析による原発事故の心理学的研究


 原子力規制委員会委員と東電経営者の対話や交渉は,ディスコース分析の立場から福島原発事故の問題に取り組む心理学者にとって,興味深い主題です.
 福島第一原子力発電所事故の損害賠償や廃炉の取り組み,トリチウム汚染水の処理(海への放出),柏崎刈羽原発の再稼働,「福島への責任」など重大な問題が,立場を異にする主体によって深刻な利害関心の影響下で交渉されています.

 ディスコース分析研究者からみると,
「原子力規制委員会」や「東電の新経営陣」,「国」,「福島県民」,「東電の現場社員」などの主体が各種の言語的,政治経済的,文化的リソースを用いてある特定のバージョンで措定され,位置づけられる(あるいは,位置づけようとする試みを妨げられる)プロセスが時系列的に提示されています.

トリチウム汚染水をめぐるせめぎ合い

 YouTubeで公開されている会議の動画をみると,福島第一原発で日々,たまり続けているトリチウム汚染水を海へ放出するよう同委員会委員が東電経営者に求めています.
 トリチウムにより深刻な環境汚染を招くという意見と,そうではないという意見が対立しています.また海が汚染され「風評被害」を悪化させる,と漁業者などが反対しています.
 この問題には主体や対象事物や言語によるそれらの諸バージョンによる位置づけ,その結果としての権利や義務の配分など,ディスコース分析が主題とする諸テーマが係わっています.

 トリチウム汚染水の処理方法について,東電会長らは国の判断を待っている,と応答します.
 規制委員会委員は,東電は「厳しい事実」に向き合っていないのではないか,福島県民にトリチウム汚染水を海へ捨てる以外に処理法がないことを伝えていないではないか,事故で生じた膨大な量の放射能汚染廃棄物をいずれ県外へ移送するというが,本当にそうできると考えているのか,とただします.
 東電の経営者たちは黙って聞くだけです.

 トリチウム汚染水をどのように処理するかは,福島原発事故の収束や廃炉のための作業において,最も切迫した重要課題のひとつです.同委員会委員たちはこの問題を東電が主体的に解決するべきだ,と迫ります.国の判断を待ち,それを理由としてトリチウム汚染水を海へ放出するのでは遅すぎる,と主張しています.
 規制委員会と東電,国,福島県民などの主体は利害や立場を異にしており,汚染水の処理という対象事物について異なった立場を取っています.
 それぞれの主体が自分や他者をある特定の仕方で位置づけようと試みる過程を,同委員会委員と東電経営者たちのやりとりに見ることができます.特定の仕方で位置づけられると,主体はそれに応じた義務や権利を配分され,実生活が変わることになるのです.

 福島事故の賠償費用を捻出するなど,「福島への責任」を果たすために柏崎刈羽原発を再稼働する必要がある,と東電が主張します.「福島事故を起こした東電が,新たな体制の下で原発を稼働できることを示す必要がある,そうすることで福島事故のために原子力発電に向けられた不安に応えることができる」といった趣旨の発言を東電会長が行います.(同会長は日立製作所名誉会長から転出しました.)
 同委員会委員は被災県民が再稼働を望んでいるとは考えられない,被災地の声を聞いているのか,と応じます.
 (この日の会議の後,東電会長はトリチウム汚染水の海洋への廃棄を行う,と発言しました.大きく報道され,福島の地方自治体関係者や原子力規制員会などが東電会長の発言にそれそれの立場から応答しました.)


 主体や対象事物,現実の集合的構成,主観性や実生活における行為の選択への作用など,心理学が取り組むべき研究主題をここにみることができます.

  原子力規制委員会と東電経営者が行なったこの会議に,福島原発事故や原発の再稼働に関する現在の最前線の問題(の少なくとも一部)が現れています.

 心理学でもディスコース分析は多様なしかたで実践されています.
 私が採用しているディスコース分析の方法論は,下記に述べられています.

 イアン・パーカー著 第6章 ディスコース分析 『質的心理学研究法入門:リフレキシビティの視点』,新曜社,2008

2017年7月18日 (火)

批判社会心理学とディスコース分析を紹介するYoutube動画

 イギリスのオープン・ユニバーシティが,批判社会心理学とディスコース分析の基礎を説明する動画をYoutubeで公開しています.

 英語音声のみで日本語の字幕のない動画です.
 イギリスの街中や郊外の日常生活を背景として,批判心理学の考え方やディスコースの視点から社会生活を検討するアプローチが分かりやすく説明されています.

 批判心理学やディスコース分析に関心をお持ちの方におすすめです.

 批判心理学もディスコース分析も多様です.国・地域や研究領域の違いに応じて,心理学者がいだく研究関心の多様性に応じて,さまざまなかたちで営まれています.

 この動画はイギリス批判心理学,社会心理学における批判的研究やディスコース研究の一側面を,エンターテイメントのような親しみやすい仕方で教えてくれます.


  Critical Social Psychology
  (https://www.youtube.com/watch?v=ozQ8t82RSbA&list=PL528A6A714B6796B6)


 社会心理学の領域で批判心理学的研究に取り組む著名研究者が登場します.
 フェミニスト心理学やLGBT心理学,エスニック・マイノリティの心理学に関心をおもちの方も,きっと楽しまれるでしょう.(私の友人も登場します.)

 1本,数分程度の動画が一つの主題を説明しています.全部で30本の動画のシリーズです.

 日本語で批判心理学やディスコース分析を説明する,親しみやすい教育用の動画を作って公開できるといいですね.




2017年7月 1日 (土)

トランプ大統領が「IQが低い」と女性TVキャスターを非難しました

 アメリカのトランプ大統領がTwitterで女性TVキャスターを非難しました.

 MSNBCの朝の人気番組『モーニング・ジョー』のキャスターを務めるミカ・ブレジンスキー氏について,
  「IQが低くて頭がおかしい」,
  「美容整形のシワ取りで顔から血を流していた」,
  「視聴率の悪いモーニング・ジョーが,私を批判しているようだ(もう見ていないが).なぜならIQが低くて頭がおかしいなミカが,サイコパスのジョーと一緒に」,
などと,続けてツイートしました.

 ハフィントンポストが報道しました.
  トランプ大統領が女性キャスターを罵倒「IQが低くて頭おかしい」(ハフポスト日本版,6月30日)
  (http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/30/trump-tweets-sexist-attack-morning-joe-host_n_17341082.html)
 
 この記事によると,「トランプ氏のTwitter攻撃は,番組の共同司会者であるジョー・スカーボロ氏が,レックス・ティラーソン国務長官に対するホワイトハウスの姿勢を非難したことに端を発している」とのことです.
 当ブログで以前,トランプ大統領が特定の個人を非難するときに「IQが低い」という表現を用いている例を記しました.
  トランプ米大統領のIQとIQテスト:理論心理学の視点
  (http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/iqiq-a72a.html)
 
 今回も同じ言い方です.
 トランプ氏にとって「IQ」という心理学的所産は日常的に用いる「自然な存在」になっているようです.
 「IQ」も「サイコパス」も心理学を代表とする「心の学問」が生み出した心理学知識です.
 この二つの言葉・概念が政治的,経済的に強者の立場にあるトランプ氏が特定の個人を攻撃するために用いられていることに,批判心理学や理論心理学の立場から,強い懸念を覚えます.
 心理学が幸福や福祉の増進のためではなく,統治や管理のために用いられる一例です.

 今,イギリスに滞在しているのですが,BBCテレビの情報番組が繰り返し報道しています.
 こうした報道によって「IQ」という心理学知識が,いっそう広く普及していくのでしょう.
 心理学化がもたらすものと,その進行の過程をここにみることができます.

  下記の毎日新聞の記事も,この問題を報道しています.
  女性差別発言に非難の嵐、与党も反発
  
(https://mainichi.jp/articles/20170630/k00/00e/030/241000c)
 
  大統領に懇願、キャスターに要求 醜聞記事で
  
(https://mainichi.jp/articles/20170702/k00/00m/030/076000c)
 
 

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