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2017年7月21日 (金)

原子力規制委員会と東電新経営陣の会議:ディスコース分析心理学者の視点

東電新経営陣の考えを聴いた規制委員会

 7月10日に原子力規制委員会が新たに先月,東京電力の会長や社長に選任された経営者を招いて,会議を行いました.
 同委員会の委員たちが東電の新経営陣に,
福島原発事故の賠償や廃炉,トリチウム汚染水の処理方法,柏崎刈羽原発の再稼働など喫緊の課題について,経営責任者の考えを問いました.
 その模様を新聞各紙が報道しました.


 「東電は福島と向き合ってない」 規制委長、新経営陣を批判」 朝日新聞
 http://digital.asahi.com/articles/DA3S13029559.html


 「「福島が原点、口先だけ」=東電新経営陣に批判続出-原子力規制委」」 時事通信
 http://www.jiji.com/jc/article?k=2017071000479&g=eqa


 「東電新経営陣 あきれ果てた発言」 福島民報
 
https://www.minpo.jp/news/detail/2017071343283

 「原発最前線 規制委vs東電新経営陣 意見交換初戦は東電惨敗 柏崎刈羽再稼働にも暗雲か」 産経新聞
 http://www.sankei.com/premium/print/170718/prm1707180002-c.html




 同委員会はこの会議をインターネットで公開しています.1時間30分ほどの動画です.

 第22回原子力規制委員会 臨時会議(平成29年07月10日)
 
https://www.youtube.com/watch?v=BN3ue81LrYM



ディスコース分析による原発事故の心理学的研究


 原子力規制委員会委員と東電経営者の対話や交渉は,ディスコース分析の立場から福島原発事故の問題に取り組む心理学者にとって,興味深い主題です.
 福島第一原子力発電所事故の損害賠償や廃炉の取り組み,トリチウム汚染水の処理(海への放出),柏崎刈羽原発の再稼働,「福島への責任」など重大な問題が,立場を異にする主体によって深刻な利害関心の影響下で交渉されています.

 ディスコース分析研究者からみると,
「原子力規制委員会」や「東電の新経営陣」,「国」,「福島県民」,「東電の現場社員」などの主体が各種の言語的,政治経済的,文化的リソースを用いてある特定のバージョンで措定され,位置づけられる(あるいは,位置づけようとする試みを妨げられる)プロセスが時系列的に提示されています.

トリチウム汚染水をめぐるせめぎ合い

 YouTubeで公開されている会議の動画をみると,福島第一原発で日々,たまり続けているトリチウム汚染水を海へ放出するよう同委員会委員が東電経営者に求めています.
 トリチウムにより深刻な環境汚染を招くという意見と,そうではないという意見が対立しています.また海が汚染され「風評被害」を悪化させる,と漁業者などが反対しています.
 この問題には主体や対象事物や言語によるそれらの諸バージョンによる位置づけ,その結果としての権利や義務の配分など,ディスコース分析が主題とする諸テーマが係わっています.

 トリチウム汚染水の処理方法について,東電会長らは国の判断を待っている,と応答します.
 規制委員会委員は,東電は「厳しい事実」に向き合っていないのではないか,福島県民にトリチウム汚染水を海へ捨てる以外に処理法がないことを伝えていないではないか,事故で生じた膨大な量の放射能汚染廃棄物をいずれ県外へ移送するというが,本当にそうできると考えているのか,とただします.
 東電の経営者たちは黙って聞くだけです.

 トリチウム汚染水をどのように処理するかは,福島原発事故の収束や廃炉のための作業において,最も切迫した重要課題のひとつです.同委員会委員たちはこの問題を東電が主体的に解決するべきだ,と迫ります.国の判断を待ち,それを理由としてトリチウム汚染水を海へ放出するのでは遅すぎる,と主張しています.
 規制委員会と東電,国,福島県民などの主体は利害や立場を異にしており,汚染水の処理という対象事物について異なった立場を取っています.
 それぞれの主体が自分や他者をある特定の仕方で位置づけようと試みる過程を,同委員会委員と東電経営者たちのやりとりに見ることができます.特定の仕方で位置づけられると,主体はそれに応じた義務や権利を配分され,実生活が変わることになるのです.

 福島事故の賠償費用を捻出するなど,「福島への責任」を果たすために柏崎刈羽原発を再稼働する必要がある,と東電が主張します.「福島事故を起こした東電が,新たな体制の下で原発を稼働できることを示す必要がある,そうすることで福島事故のために原子力発電に向けられた不安に応えることができる」といった趣旨の発言を東電会長が行います.(同会長は日立製作所名誉会長から転出しました.)
 同委員会委員は被災県民が再稼働を望んでいるとは考えられない,被災地の声を聞いているのか,と応じます.
 (この日の会議の後,東電会長はトリチウム汚染水の海洋への廃棄を行う,と発言しました.大きく報道され,福島の地方自治体関係者や原子力規制員会などが東電会長の発言にそれそれの立場から応答しました.)


 主体や対象事物,現実の集合的構成,主観性や実生活における行為の選択への作用など,心理学が取り組むべき研究主題をここにみることができます.

  原子力規制委員会と東電経営者が行なったこの会議に,福島原発事故や原発の再稼働に関する現在の最前線の問題(の少なくとも一部)が現れています.

 心理学でもディスコース分析は多様なしかたで実践されています.
 私が採用しているディスコース分析の方法論は,下記に述べられています.

 イアン・パーカー著 第6章 ディスコース分析 『質的心理学研究法入門:リフレキシビティの視点』,新曜社,2008

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