『美女と野獣』と病理化,心理学化
『美女と野獣』と心を病む人のディスコース
大ヒットした話題のディズニー映画『美女と野獣』(ビル・コンドン監督,エマ・ワトソン主演)を観ました.
よくできたエンターテインメントですね.時間のたつのを忘れて楽しみました.
以下,ネタばらしになるのですが,心理学史研究者や批判心理学者からみて興味深い場面がありました.
ストーリーの展開のうえで重要なシーンで,主人公の美女が群衆によって「実在しない野獣をみたと主張する異常な人」と位置づけられ,「マッド・ハウス」に送られそうになります.
大勢の人がいる街中で,無理やり外から鍵のかかる馬車に押し込められ,自分の意思に反して心の病を治療する施設に送られそうになるのです.
『美女と野獣』の原作は18世紀半ばにフランスで発表されたそうです.現代の心理学はもちろん,精神医学が登場する前の時代です.
詳しい時代考証は他にゆずります.フーコーの『監獄の誕生:監視と処罰』(1975/1977)がこの問題を扱っています.
上のシーンには「正常性の基準を逸脱した人(野獣という幻覚をみる人)は専用の施設で治療を受ける必要がある.本人のためにそうすべきである」,「当事者ではなく,社会や公衆がそれを決めることができる」というディスコースが現れています.
それが社会に受け入れられ,「異常な人」を「マッド・ハウス」に移送する公的制度(鍵のかかる拘禁用馬車や御者兼看守)も整備されています.
19世紀半ば以降,国民国家が形成され社会の近代化が強力に推し進められました.医療や教育や産業や司法,軍事,福祉などの諸領域で個人の心的な性質や能力を把握し管理しようとする動勢が強まりました.
集団としての人間の平均的な性質が知られるようになると,平均から逸脱した人が「異常な人」として病理化されるようになりました.
心理学化が始まった20世紀には,こうした病理化や異常化のツールとして心理学が生み出した検査や説明理論,専門用語が大きな役割を演じるようになりました.
心理学化と知能検査,異常化
知能検査とIQはその代表的なものです.
トランプ米大統領が論敵や批判者を「IQが低い」と非難した発言がニュースになりましたが,この発言はIQが濫用されている一例です.
日本でも戦後,障害児教育において通常の学校教育を受けるか「特殊教育」を受けるか,子どもを選別するツールとしてこれらが用いられ,関係者の間で悪名を馳せました.関心をおもちの方に下記の本をお薦めします.
日本臨床心理学会編 『心理テスト―その虚構と現実』 現代書館 1979
もし映画の主人公の美女が20世紀以降の西洋型社会で生きていたなら,心理学者によって知能検査など,心的性質・能力を測定する各種の検査を受け,心理療法の介入対象になったかもしれませんね.
20世紀初めにフランスで「精神年齢」という概念を考案し,測定する実用的な知能検査を世界で初めて作成したのは,アルフレッド・ビネ(1857-1911)です.
精神年齢と生活年齢(実際の年齢)の比をとって知能指数として表示する方法を提唱したのは,ドイツのウィリアム・シュテルン(1871-1938)です.
彼らはおそらく,知能検査やIQを被検査者を差別したり抑圧するために用いようとは,考えもしなかったことでしょう.
彼らの後,アメリカで集団式知能検査が発展し,IQによって個人や特定の属性をもつ人の集団(民族や人種,ジェンダーなど)の知能を表示する研究が行われるようになりました.
第2次大戦の後,日本でも学校教育において知能検査の結果,算出されたIQが子どもの「教育可能性」を科学的に表示するものとして用いられてきました.
おそらく大多数の心理学者は社会の一員として善意や研究者の良識にもとづいて,研究や心理臨床や教育などの心理学実践を行ってきたのだと考えられます.
しかし心理学者が行った研究実践によって,個人の心的な性質や能力を測定し表示する便利なツールが生み出されると,社会の様々な領域において人間を管理し統治するニーズに応えるために,それが適用されるようになります.
心理学化を推進する主な要因は,こうした社会構造の中に含まれています.
また,そうした社会の中で専門家として教育を受け研究などの心理学実践を行う心理学者は,疑いの余地のない与件として社会構造を自明視するようになりがちです.
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