« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

2017年10月

2017年10月25日 (水)

マセイ大学(ニュージーランド)が批判健康心理学者を公募しています

 マセイ大学心理学部(ニュージーランド)が,批判健康心理学者を公募しています.

 批判健康心理学に関心をおもちの方なら,同大学に所属する心理学者が刊行した研究論文や教科書などを一度は読んだことがあるのではないでしょうか.多くの研究成果が同大学の名の下で発表されています.

 ニュージーランドは認知行動主義的心理学が生まれ発展した英語圏の一角です.が,「客観的で科学的な人間一般」の科学(主義的)心理学だけでなく,批判心理学的な健康へのアプローチが発展しました.マオリなどのエスニック・マイノリティを植民者である白人が抑圧してきた歴史への反省が,心理学においてマイノリティの視点や権利を重んじるアプローチの背景となっています.


 
マセイ大学(Massey University)は批判健康心理学の大学院プログラムを開設しています.この領域の研究と教育で国際的に高い評価を得ています.
 プログラムの詳細については,同大学の下記のウェブサイトをご覧ください.

  マセイ大学における健康心理学(Health psychology at Massey)
  (http://www.massey.ac.nz/massey/learning/departments/school-of-psychology/postgraduate-study/general-degrees/specialisations/health-psychology/health-psychology_home.cfm)

 今回の公募ではこの教育プログラムの中心となる研究者を求めています.雇用期限のつかない終身職です.
 これから同大学で批判健康心理学の研究と教育を担っていく心理学者を採用しようとしているようです.


 公募情報の一部を下にお示します.
 詳細は次のサイトに記載されています
http://massey-careers.massey.ac.nz/9953/professor-associate-professor-in-critical-health-psychology

職位:
 教授もしくは准教授.批判健康心理学を専攻.終身職.

勤務地:
 マセイ大学の各キャンパス(
Albany,Wellington,Palmerston Northの各キャンパス

給与:
 (追って知らせるとのことです.)

応募の締め切り:
 12月1日.


 8月にアジア社会心理学会大会がオークランド近郊のマセイ大学オールバニー・キャンパスで開催されました.同大学の批判健康心理学者も研究発表を行いました.
 この学会に私も参加したのですが,同大における活発な研究の一端をかいま見ることができました.

2017年10月16日 (月)

トランプ米大統領のIQテスト:心理学化

 トランプ米大統領が「IQ」や「IQテスト」という言葉を用いた発言が,マスコミで報道されました.


 「トランプ氏,「IQ比べ」を提案 長官の「バカ」発言に」 朝日新聞電子版,10月11日

 記事によると,「米NBCは4日,(国防長官の)ティラーソン氏はイラン核合意などをめぐるトランプ氏の対応に不満を募らせ辞任を検討し,7月に国防総省内で開かれた会議ではトランプ氏を「バカ」と呼んで批判したと報じた.報道直後,ティラーソン氏は緊急会見を開いて辞任を否定したが,発言自体については明確に否定しなかった」とのことです.

 この報道に対して,トランプ米大統領は「もし本当にそう言ったのなら,知能指数(IQ)テストで比べなければ」と述べ,「米国のティラーソン国務長官がトランプ大統領を「バカ」と呼んだという報道を受けて,トランプ米大統領は10日配信の米経済誌フォーブスのインタビューで「IQ比べ」を提案し,トランプ氏は「どちらが勝つかはわかっている」と語り,自信を見せた」と朝日新聞が報じています.


 私が知る範囲では,昨年のアメリカ大統領選挙のときからトランプ氏がIQやIQテストを語った発言が報道されるのは,今回で3度目です.(当ブログで取り上げるのも3度目です.)
 IQやIQテストという用語とそれらが前提とする人間の「知能」に関する考えは,トランプ氏にとって自然化され,疑いの余地のない自明のものになっているようです.

 トランプ氏のように自分は「頭がいい」と考える人が,「頭が悪い」とされる人をこれらの言葉で非難したり侮蔑することは珍しくありません.

 心理学が生み出した用語や理論,検査,セラピーなどが人間を不幸にするために適用される例です.

 アメリカや日本など多くの国でトランプ氏の発言が報道されました.「IQ」や「IQテスト」という言葉と心観がマスコミ報道によっていっそう普及し浸透しています.
 心理学化が進行する事例です.






2017年10月 7日 (土)

「国際応用精神分析スタディーズ」誌の特集号:アメリカ心理学会と対テロ戦争における拷問

 2001年にアメリカを襲った9.11同時多発テロの後,アメリカ政府は「テロとの戦い」を開始しました.
 テロを防ぐためにCIAなどの情報機関は,テロ情報を知っていると考えられた容疑者への尋問をいっそう重んじるようになりました.
 通常の尋問で許されない,心身に激しい苦痛を与える「強化尋問技法」を用いた「過酷尋問」が行われました.

 CIAがアメリカ国外に設置した「秘密収容施設(ブラック・サイト)」に,テロ容疑者が国境を越えて「超法規的移送プログラム」によって秘密裡に送られ,CIAが雇用した軍事心理学者が過酷尋問を行いました.
 戦争捕虜の人道的処遇を定めたジュネーブ条約や国連拷問禁止条約に違反する「アメリカ史の汚点」だ,と人権NGOやジャーナリストが批判の声をあげました.
 第2次大戦で捕虜になった日本兵やドイツ兵を人道的に処遇するなど従来,アメリカは戦争捕虜の人権を擁護する国として知られていました.

 しかし対テロ戦争において,CIAや国防総省によって組織的に過酷尋問が行われました.チェイニー米副大統領(当時)らホワイトハウス指導部が,テロ容疑者への過酷尋問によってテロ情報を収集し,テロを防止する施策を求めていました.
 このため心理学者が開発した強化尋問技法による過酷尋問は,「アメリカ政府が認可した拷問」と呼ばれるようになりました.
 長年,自由や人権を重んじてきた「アメリカの建国の理念」が,国際社会で疑われる事態を招きました.

 CIAや国防総省などアメリカの軍事・情報当局がテロ容疑者への過酷尋問を立案し実施する過程で,アメリカ心理学会が重要な役割を果たしました.
 2003年3月にイラク戦争が始まりました.同年11月,キューバに米軍が設営するグアンタナモ基地内の収容施設で,捕虜やテロ容疑者が過酷な処遇(拷問)を受けている,という国際赤十字の調査報告書についてニューヨーク・タイムズが報道しました.
 臨床心理学者や精神科医などを構成員とする「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」が,グアンタナモ収容所における過酷尋問に関与している,と報道されました.

 捕虜や容疑者への拷問に対する批判が高まると,アメリカ医学会やアメリカ精神医学会は拷問を拒否する方針を明確に示しました.
 一方,アメリカ心理学会幹部が国防総省やCIAに協力して「国家安全保障に関する尋問」に加担した事実が,マスコミ報道によって次第に明らかになりました.
 北米社会において心理学者とアメリカ心理学会への信頼が揺るがされることになりました.

 「国際応用精神分析スタディーズ」誌(International Journal of Applied Psychoanalytic Studies)が,この問題を論じた特集「アメリカ心理学会と対テロ戦争」(Special Issue: The American Psychological Association and the War on Terror)を刊行しました.

 下記のサイトで公開されています.12月末までオープンアクセス期間です.
  http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/aps.v14.2/issuetoc

国際応用精神分析スタディーズ誌(International Journal of Applied Psychoanalytic Studies)
特集「アメリカ心理学会と対テロ戦争」(Special Issue: The American Psychological Association and the War on Terror) 2017年6月

 特集号が収録する論文のタイトルを下にお示しします.
1.アメリカ心理学会:罪の免責から恥辱へ    (Ghislaine Boulanger)
2.アメリカ心理学会と拷問:どのようにして拷問が行われたのか? (Bryant Welch)
3.虚偽情報による攪乱,裏切り,子取り鬼(boogeyman):アメリカ心理学会と「心理学の倫理と国家安全保障
(PENS)に関する会長特命委員会」と拷問に加担した心理学者についての個人的考察     (Nina K. Thomas)
4.尋問の文化:グアンタナモ収容所の抑留者の監察評価    (Sarah Schoen)
5.クローゼットの中の骸骨:アメリカ心理学会の批判的検討    (Jeanne Wolff Bernstein)
6.反革命    (Frank Summers)

2017年10月 4日 (水)

批判心理学セッションと「批判心理学ハンドブック」(パーカー編,2015)

  (公社)日本心理学会 批判心理学研究会が企画した批判心理学セッションが1日,開かれました.

 世界の心理学ワールドの中での批判心理学の位置づけや,相模原事件とヘイトスピーチ,日本の精神科医療と福祉,ドイツ批判心理学などを主題とする話題提供に続いて,自由に意見交換を行いました.
 関西や東海地方からの参加者も加わり,大学院のゼミのように少人数での熱心な討論の場となりました.
 (批判心理学「セッション」はシンポジウムのようなフォーマルなかたちではなく,ジャズのセッションのように自由に討議し知的刺激を与え合う場を目指しています.)

 次回の批判心理学セッションは12月に開かれる予定です.詳細が決まり次第,お知らせします.


 日本でも批判心理学への関心が高まりつつあります.
 心理学研究が発展し,心理学と心理学の産物である心理検査やセラピー,心と行動を説明する用語や理論などの心理学知識が社会の諸領域に浸透すると,心理学が抱えている問題も次第に明らかになります.

 そこから既存の心理学の研究や心理臨床,教育,社会的活動,学会活動,社会諸セクターでの応用などへの「批判」的取り組みが始まるのは,日本でも他の国・地域でも同じです.

  もし心理学が今日の日本で重要でないなら,たとえ深刻な問題を見いだしたとしても,わざわざ「批判」的な心理学を始める必要はありません.
 声をあげることなく,ただ心理学から立ち去ればよいでしょう.

 批判心理学者が心理学にあえて「批判的に取組む」のは現在,日本社会で生きる私たちにとって,心理学があまりに重要なものになったからです.
 こうした立場から批判心理学に取り組む心理学者が世界各地で,自分が見出した問題を解決するために活動しています.


 批判心理学の全体像を手軽に知りたい,という方に下記のハンドブックを推薦します.


 イアン・パーカー編 批判心理学ハンドブック ラウトレッジ社 2015
 (Parker, I. (ed.). Handbook of Critical Psychology, 2015, Routledge)

 主流心理学の諸領域への批判的アプローチや,批判心理学の新しい理論と方法,多様な批判心理学的実践の実際,世界の各地域における展開を手際よくレビューする諸章を収録しています.
 1章あたり10ページから10数ページと短く,読みやすいフォーマットで編集されています.
 初めて批判心理学を学ぶ方にお薦めです.北米やイギリス,ドイツなど特定の国・地域に偏った視点ではなく,幅広い視界を提示しています.執筆者は欧米とラテンアメリカ,アフリカ,アジアの各地の批判心理学者です.

 できれば日本語で読みたいですね.
 どなたか,日本語に翻訳しませんか?


 下に各章のタイトルをお示しします.邦題は当ブログ開設者による試訳です.

イアン・パーカー編 批判心理学ハンドブック 2015
1. イントロダクション  Ian Parker
第1部: 心理学とその批判の多様性
第1部a: 主流
2. 量的方法:科学の方法と目的  Lisa Cosgrove, Emily E. Wheeler & Elena Kosterina
3. 認知心理学:中産階級の個人から階級闘争へ  Michael Arfken
4. 行動主義:徹底的行動主義と批判的探究  Maria R. Ruiz
5. 感情:主流心理学を越えて  Paul Stenner
6. 生物学的心理学と進化心理学:批判心理学の極限  John Cromby
7. パーソナリティ:テクノロジー,商品,病理学  China Mills
8. 発達心理学:脱構築への転回  Erica Burman
9. 社会心理学:組織研究を論評する  Parisa Dashtipour
10. 異常心理学:さまざまな障害の心理学  Susana Seidmann & Jorgelina Di Iorio
11. 犯罪心理学:臨床的,批判的視点  Sam Warner

第1部b: 主流心理学を問うラディカルな試み
12. 質的方法:批判的実践と多様な領域の展望
13. 理論心理学:核心的問題の批判的哲学概説  Thomas Teo
14. 人間性心理学:批判的対抗文化  Keith Tudor
15. 政治心理学:権力への批判的アプローチ  Maritza Montero
16. コミュニティ心理学:主観性と権力と集団性  David Fryer & Rachael Fox
17. 組織心理学と社会問題:場所が位置づけられる地点  Mary Jane Paris Spink & Peter Kevin Spink
18. カウンセリング心理学:重要な成果と可能性と限界  Richard House & Colin Feltham
19. 健康心理学:ウェルビーイングと社会正義のための心理学を目指して  Yasuhiro Igarashi
20. ブラックサイコロジー:抵抗と再生と再定義   Garth Stevens
21. 女性心理学:ポリティクスと実践の諸問題   Rose Capdevila & Lisa Lazard
22. 「レズビアンとゲイの心理学」から「セクシュアリティの批判心理学」へ  Pam Alldred & Nick Fox

第1部C: サイ-コンプレックスの隣接領域 
23. 精神鑑定医と疎外:自分探しをする批判的精神医学  Janice Haaken
24. 心理療法:改革のエージェントか,修理屋か  Ole Jacob Madsen
25. 教育と心理学: ついに変化がおとずれるのだろうか?  Tom Billington & Tony Williams
26. ソーシャルワーク:抑圧と抵抗  Suryia Nayak
27. セルフ・ヘルプ: ポップ・サイコロジーとともに    Jan De Vos

第2部: さまざまな批判心理学
28. 活動理論:理論と実践  Manolis Dafermos
29. マルクス主義心理学と弁証法的方法  Mohamed Elhammoumi
30. ドイツ批判心理学:主体の立場からの心理学  Johanna Motzkau & Ernst Schraube
31. 精神分析が批判心理学に言うべきことは?  Kareen Ror Malone with Emaline Friedman
32. 脱構築:批判心理学の基礎  Andrew Clark & Alexa Hepburn
33. ドゥルーズ的視点:スキゾ分析と欲望のポリティクス  Hans Skott-Myhre
34. ディスコース心理学: おもな見解,いくつかの対立と2つの事例  Margaret Wetherell

第3部: 心理学と批判心理学に関するさまざまな立脚点と視座 
第3部a: さまざまな視座
35. フェミニスト心理学:研究,介入,課題  Amana Mattos
36. クイア理論:批判心理学を解体する  Miguel Rosell Pealoza & Teresa Cabruja Ubach
37. 解放の心理学:もうひとつの批判心理学  Mark Burton & Luis Gmez
38. 土地固有の心理学と批判的な抑圧から解放する心理学  Narcisa Paredes-Canilao, Ma. Ana Babaran-Diaz, Ma. Nancy B. Florendo & Tala Salinas-Ramos with S. Lily Mendoza
39. ポストコロニアル理論:批判心理学の世界へ向けて  Desmond Painter
40. 批判的ディザビリティ・スタディーズから批判的でグローバルなディザビリティ・スタディーズへ  Shaun Grech
41. 批判心理学のための政治的見識を備えた内在的スピリチュアリティ     Kathleen S. G. Skott-Myhre

第3部b:様々な地点
42. アフリカの批判心理学:不可能な課題  Ingrid Palmary & Brendon Barnes
43. 政治心理学とアメリカ大陸:植民地化と支配から解放へ  Raquel S. L. Guzzo
44. アラブ世界の批判心理学:パレスティナの植民地の文脈における批判コミュニティ心理学からの考察  Ibrahim Makkawi
45. アジアの批判心理学:4つの基本的概念  Anup Dhar
46.ヨーロッパの批判心理学の動向:心理学の常習的悪行への道  Angel J. Gordo Lopez & Roberto Rodrguez Lpez
47. 南太平洋:私たちの居場所の中にある空間の緊張  Leigh Coombes & Mandy Morgan

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »