「国際応用精神分析スタディーズ」誌の特集号:アメリカ心理学会と対テロ戦争における拷問
2001年にアメリカを襲った9.11同時多発テロの後,アメリカ政府は「テロとの戦い」を開始しました.
テロを防ぐためにCIAなどの情報機関は,テロ情報を知っていると考えられた容疑者への尋問をいっそう重んじるようになりました.
通常の尋問で許されない,心身に激しい苦痛を与える「強化尋問技法」を用いた「過酷尋問」が行われました.
CIAがアメリカ国外に設置した「秘密収容施設(ブラック・サイト)」に,テロ容疑者が国境を越えて「超法規的移送プログラム」によって秘密裡に送られ,CIAが雇用した軍事心理学者が過酷尋問を行いました.
戦争捕虜の人道的処遇を定めたジュネーブ条約や国連拷問禁止条約に違反する「アメリカ史の汚点」だ,と人権NGOやジャーナリストが批判の声をあげました.
第2次大戦で捕虜になった日本兵やドイツ兵を人道的に処遇するなど従来,アメリカは戦争捕虜の人権を擁護する国として知られていました.
しかし対テロ戦争において,CIAや国防総省によって組織的に過酷尋問が行われました.チェイニー米副大統領(当時)らホワイトハウス指導部が,テロ容疑者への過酷尋問によってテロ情報を収集し,テロを防止する施策を求めていました.
このため心理学者が開発した強化尋問技法による過酷尋問は,「アメリカ政府が認可した拷問」と呼ばれるようになりました.
長年,自由や人権を重んじてきた「アメリカの建国の理念」が,国際社会で疑われる事態を招きました.
CIAや国防総省などアメリカの軍事・情報当局がテロ容疑者への過酷尋問を立案し実施する過程で,アメリカ心理学会が重要な役割を果たしました.
2003年3月にイラク戦争が始まりました.同年11月,キューバに米軍が設営するグアンタナモ基地内の収容施設で,捕虜やテロ容疑者が過酷な処遇(拷問)を受けている,という国際赤十字の調査報告書についてニューヨーク・タイムズが報道しました.
臨床心理学者や精神科医などを構成員とする「行動科学コンサルテーションチーム(BSCT)」が,グアンタナモ収容所における過酷尋問に関与している,と報道されました.
捕虜や容疑者への拷問に対する批判が高まると,アメリカ医学会やアメリカ精神医学会は拷問を拒否する方針を明確に示しました.
一方,アメリカ心理学会幹部が国防総省やCIAに協力して「国家安全保障に関する尋問」に加担した事実が,マスコミ報道によって次第に明らかになりました.
北米社会において心理学者とアメリカ心理学会への信頼が揺るがされることになりました.
「国際応用精神分析スタディーズ」誌(International Journal of Applied Psychoanalytic Studies)が,この問題を論じた特集「アメリカ心理学会と対テロ戦争」(Special Issue: The American Psychological Association and the War on Terror)を刊行しました.
下記のサイトで公開されています.12月末までオープンアクセス期間です.
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/aps.v14.2/issuetoc
国際応用精神分析スタディーズ誌(International Journal of Applied
Psychoanalytic Studies)
特集「アメリカ心理学会と対テロ戦争」(Special Issue: The
American Psychological Association and the War on Terror) 2017年6月
特集号が収録する論文のタイトルを下にお示しします.
1.アメリカ心理学会:罪の免責から恥辱へ (Ghislaine Boulanger)
2.アメリカ心理学会と拷問:どのようにして拷問が行われたのか? (Bryant Welch)
3.虚偽情報による攪乱,裏切り,子取り鬼(boogeyman):アメリカ心理学会と「心理学の倫理と国家安全保障(PENS)に関する会長特命委員会」と拷問に加担した心理学者についての個人的考察 (Nina K. Thomas)
4.尋問の文化:グアンタナモ収容所の抑留者の監察評価 (Sarah Schoen)
5.クローゼットの中の骸骨:アメリカ心理学会の批判的検討 (Jeanne Wolff Bernstein)
6.反革命 (Frank Summers)
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