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2018年3月

2018年3月24日 (土)

フェイスブックの「いいね!」と心理学:ビッグデータを活用したトランプ陣営の選挙キャンペーン

 2016年に行われたアメリカの大統領選挙でトランプ候補が対立候補のクリントン氏を破った選挙キャンペーンにおいて,フェイスブックなどのSNSが活用されたことは以前から知られていました.そこで自陣営に都合のよい偽のニュースが大量に発信されました.
 フェイクニースは流行語になりました.

 最近のマスメディアの報道で,心理学者の関与が指摘されています.


 下記の東京新聞の記事(「米大統領選で不正利用か FBから5000万人分情報流出」,3月23日朝刊)によれば,心理学者が重要な役割を果たしたそうです.

「...米交流サイトのフェイスブック(FB)が大量の個人データの流出に揺れている。五千万人分もの情報が不正に第三者に渡ったことが発覚。二〇一六年の米大統領選でトランプ陣営の選挙運動に使われた可能性もある。米当局が調査に着手し、集団訴訟を起こされる事態にもなっている。

 米紙ニューヨーク・タイムズなどによると、FBは英ケンブリッジ大心理学者と学術目的で、ユーザー情報を提供する契約を結んだ。心理学者はユーザーの性格などを分析するアプリを開発し、個人情報の提供に同意した二十七万人がアプリをダウンロードした。

 その後、心理学者はFBの許可を得ず、提携関係にあった英国のデータ分析企業ケンブリッジ・アナリティカ(CA)に情報を流した。ユーザー本人だけでなく、FB上の「友人」を含め五千万人を超える情報が流出したとみられる....」

 他の報道とあわせて考えると,フェイスブックのユーザーの「いいね!」のような利用行動やプロファイル情報を多数収集し,そのビッグデータの計量心理学的解析によって明らかになった各ユーザーの心的特性に応じて個別にマイクロ広告を送り,トランプ陣営に有利な投票行動を促した,ということのようです.

 選挙キャンペーンにおける心理学の有用性を知悉したIT情報コンサル企業,ケンブリッジ・アナリティカ社が心理学者を雇用して必要な情報を取得し,SNSを活用したキャンペーン手法を助言してトランプ陣営に勝利をもたらした,と報じられています.

  写真

  (東京新聞,3月23日朝刊より


 個人のネット上の行動情報が当人が知らないうちに収集され,心理学的手法を用いて特定の経済的,政治的目的のために利用される可能性について,以前から私も懸念を感じていました.批判心理学や理論心理学にとって,重要な問題です.

 しかし既に2016年のアメリカの大統領選挙やブレグジットを選んだイギリスの国民投票で,結果を左右する効果をもたらしていたとのこと.
 私が予想していたより,現実の方が進んでいました.

 上で述べたフェイスブックの問題では利用者の「いいね!」などを性格のビッグ・ファイブ理論を用いて分類していたそうです.
 教科書でお馴染みのよく知られた性格理論です.理論的には新しい発展はみられません.

 しかし,ビッグデータを効率的に収集する技術が実現し,多くの利用者の情報を心理統計学的に分析して各利用者の心的性質や行動傾向を推測する技術が向上しました.
 その知見を個々のSNSユーザの心的性質に応じてアレンジし,行動を変容するために適宜,提示するIT技術を利用できる時代になりました.

 この傾向は今後,いっそう強まっていくことでしょう.
 心理学化が深化する新しい時代のただ中で,私も皆さんも日々の生活を送っているのです.
 私たちの主観性や行為の選択が,自分でも気づかないうちに心理学を適用したテクノロジーの作用によって影響を受けているかもしれません.

 上で引用した東京新聞の記事のほかに,次の記事をお薦めします.

 日経ビジネス 「トランプ勝利の影にあった『心理広告戦略』:続く選挙を前に欧米メディアが懸念する「CA社」の動き」,2017年1月25日(http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/012000544/)

 フォーブス 「
トランプを勝利させた『謎のビッグデータ企業』CEOの激白」,2017年11月15日(https://forbesjapan.com/articles/detail/20267)

 

2018年3月19日 (月)

トランプ大統領が「水責めの女王」をCIA長官に指名しました:対テロ戦争における「心理学的拷問」

 3月14日にトランプ米大統領が国務長官を解任し,後任にCIA長官を指名したニュースが大きく報道されました.
 同大統領は同時に,新しいCIA長官にジーナ・ハスペル氏を指名しました.このニュースは日本のマスメディアの注目を集めていないようです.
 しかし今日の「テロとの戦い」を考える上で.重要な出来事のひとつです.


 ハスペル氏は9.11同時多発テロの後,CIAがテロ情報を得るためにテロ容疑者に対して国外の秘密拘禁施設で「強化尋問技法」を用いて「過酷尋問」を行った作戦を指揮した,と報道されています.
 この尋問では水責めなど,心身の健康に重大な悪影響を与える技法が米政府の認可の下で実施されました.
 「アメリカ政府が認めた拷問」がハスペル氏の関与の下で始まりました.

 過酷尋問に対してアメリカ内外で批判が高まり,連邦上院が調査を始めると,尋問を記録した多数の録画テープが破壊されました.
 ハスペル氏が破壊を指示した,と報道されています.もし過酷尋問の実態が映像で公開されれば,当時のブッシュ政権や米政府は重大なダメージを受けたことでしょう.

 当ブログで以前に数度,サウジアラビア人のアブ・ズベイダ容疑者が2002年にパキスタンでCIAに捕捉され,タイの秘密拘禁施設に移送されて,2名の軍事心理学者によって水責めを含む強化尋問技法を用いた過酷尋問を受けた問題を取り上げました.
 この作戦を指揮したのはハスペル氏です.

 CIAによるテロ容疑者への過酷尋問は,「自由の国」,「人権を重んじる国」を理想として掲げてきたアメリカの変化を示す歴史的な事件のひとつだと言われています.
 その責任者がアメリカ政府を代表する情報機関のトップに指名されるとは,トランプ氏が米大統領に選出される前には想像できなかったことです.

 昨年,トランプ米大統領によってCIA副長官に指名されるまで,ハスペル氏の名前も写真も公表されることはありませんでした.同氏がCIAの秘密工作部門の要員だったためです.


 今後,「過酷尋問は拷問ではない.テロ対策の一環として必要である」という意見がトランプ政権のもとで,再び強まる可能性があります.

 ただし,上院が上記の問題を理由としてハスペル氏のCIA長官への就任を認めないのでは,という指摘もあります.
 また,同氏がドイツなどに入国した場合は,人道に対する犯罪の嫌疑のために身柄を拘束される可能性がある,という報道もあります.拷問は国連拷問禁止条約や戦争捕虜の保護を定めたジュネーブ条約に違反する重大な犯罪だと考えられています.

 この問題に関心をおもちの方は,下記の報道をご参照ください.

AFP通信(3月14日) 「拷問関与を議員ら批判,米CIA長官指名のハスペル氏」http://www.afpbb.com/articles/-/3167299

中日新聞(3月14日) 「史上初の女性CIA長官に ベテラン捜査官ハスペル氏」http://www.chunichi.co.jp/s/article/2018031401000687.html

ブルームバーグ(3月14日) 「次期CIA長官指名のハスペル氏,拷問関与疑惑を問題視される可能性」 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles



2018年3月13日 (火)

4月8日に批判心理学セッションが開かれます

 4月8日に批判心理学セッションが開かれます.

 昨年10月に1回目のセッションが開かれてから,4度目となります.
 批判心理学に関心をおもちの方なら,どなたでも参加できます.参加費は無料です.

 ドイツ批判心理学やコミュニケーション学からみた心理学の特徴や問題点,批判心理学的実践としての心理学教育,対テロ戦争における「心理学的拷問」について話題提供が行われます.
 自由に,前向きな姿勢で心理学とその歴史や哲学,社会とのかかわりなどについて討議しましょう.

 
批判心理学セッション4
日時:4月8日(日),午後2時から
会場:静岡大学東京事務所.同事務所は東京工業大学キャンパス・イノベーションセンター内,6階612号室(エレベータを出て左側正面)
話題提供1:百合草 禎二(主体科学としての心理学研究所) 「Individual subjectivity and its development,in Tolman, C. W. (1994). Psychology,society,and subjectivity: An introduction to German Critical Psychologyを読む」(2)
話題提供2:田辺 肇(静岡大学) 「批判心理学を教育に活かすには?:精神保健福祉史,心理学史,心理学論における(4) “心のモデル”の伝え方(2)」
話題提供3:増田 匡裕(和歌山県立医科大学) 「コミュニケーション学でもらった“玉手箱”を心理学の“浜辺”で開けてみると(その2):【対話論の続編】『対人関係の弁証法理論』の応用研究は心理学者にも魅力的か?」
話題提供4:五十嵐 靖博(山野美容芸術短期大学) 「アメリカ心理学と対テロ戦争におけるテロ容疑者への拷問:最近の展開」
主催:(公社)日本心理学会 批判心理学研究会
参加費:無料
アクセス:JR山手線・京浜東北線,田町駅下車.芝浦口徒歩1分(http://www.cictokyo.jp/access.html)
所在地 : 〒108-0023 東京都港区芝浦3-3-6.※当日,建物玄関ロビー等に開催掲示はありませんので6階612号室までお越し下さい.

2018年3月10日 (土)

アメリカ心理学を変えた5名の非白人の女性心理学者

 3月8日の世界女性デーが過ぎたところです.
 アメリカ心理学会の女性による心理学実践を促進する試みをご紹介します.

 アメリカ心理学会(APA)で心理学教育の促進を担うAPA教育局(APA’s Education Directorate)がウェブサイトに,「注目すべき5人の非白人の女性心理学者:心理学を永遠に変え,これからもあなたたちを鼓舞しづける先人たち」(5 Phenomenal Women of Color Who Changed Psychology Forever and Will Inspire You to Do the Same)と題する記事を公開しています.
 下記のURLを参照ください.

(http://psychlearningcurve.org/women-of-color-who-changed-psychology/?utm_content=buffer145bf&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer)


 5人の女性心理学者とは下記の先人たちです.残念ですが,英語のままお示しします.
 4番目のリエコ・トゥルー博士は新潟出身の日本人です.

1. Inez Beverly Prosser (1895-1934)
 The first African American woman to complete a PhD in psychology in 1933, she had to leave Texas to pursue her degree because no graduate schools there accepted African Americans. She studied how racially integrated and racially segregated schools impact African American youth.


2. Martha Bernal (1931-2001)
   The first Latina to earn a PhD in psychology in the United States, she studied ethnic identity and made clinical training more relevant for minorities. She also mentored Latino/a psychologists and founded the National Hispanic Psychology Association.


3. Mamie Phipps Clark (1917-1983)
    She and her husband, Kenneth Clark, studied racial preferences and identity in Black children in integrated schools compared to segregated schools. In the famous Doll Studies, children were presented with four dolls, two black and two white. They were asked which doll they liked best. More than 65% of the kids chose a white doll. These findings were used in the Brown v. Board of Education Supreme Court case that dismantled school segregation.


4. Reiko True    
 Born in Japan, she attended university in Tokyo, one of only 3 women in a class of 80. She remains passionate about equal access to mental health care and lobbied to create the first mental health center in California to serve Asian Americans. She then led the center, ensuring staff were trained in Asian languages and culture.


5. Jennifer Eberhardt
 2014 MacArthur Award Winner Jennifer Eberhardt, Stanford University.    
Her research shows how subliminal images activate racial stereotypes, changing what and how people see. She investigates the largely unconscious yet deeply ingrained ways that individuals racially code and categorize people, with a particular focus on associations between race and crime. She uses these findings to raise awareness about stereotypes in the criminal justice system and in education. In 2014, she received a MacArthur Foundation award for her groundbreaking work.


 対テロ戦争におけるテロ容疑者への「心理学的拷問」に関する問題では,アメリカ心理学会はアメリカ精神医学会やアメリカ医学会などに比べて,倫理的な後進性を露呈しました.
 精神科医や医師がテロ容疑者の心身に重大な悪影響を与える尋問を拒んだのに対して,心理学者は国防総省やCIAの求めに応じて「強化尋問技法」を考案して「過酷尋問」を自ら行い,またそれを施行する制度を支えました.

 しかし,非白人女性の心理学者の再評価や教育・研究環境の改善の面では前向きに取り組んでいるようです.

 「国家安全保障に関する尋問」はアメリカの心理学者にとって,政府や軍事・情報当局,連邦議会などとの関係を深めて心理学の地位を向上させるため,また雇用や研究資金の獲得などのため,批判的な取り組みを容易に行いえないようにみえます.

 この点ではアメリカ心理学会のあり方に同意することはできません.
 しかし女性心理学者の,特に非白人の女性心理学者の活動を支援する施策には賛同します.

 私のジェンダーは男性ですが,フェミニスト心理学や女性によるジェンダー心理学の重要性を批判心理学や理論心理学の立場から痛感し,日本で少しでもこれらを推進できないかと願ってこの10数年ほどの間,微力を尽くしてきました.
 しかし,変化をもたらしえない自分の力不足を,改めて感じています.

 とはいえフェミニスト心理学の重要性は変わりません.後に続く人がきっと,いることでしょう.ご健闘とご多幸をお祈りします.




2018年3月 9日 (金)

イアン・パーカーの「サイ・コンプレックスを考える:心理学と精神分析と社会理論の批判的検討」(ゼロブックス,2018)

 批判心理学に関心をおもちの方なら,一度はイアン・パーカーの論文や著書を読まれたか,その評判を聞いたことがあるのではないでしょうか.

 パーカーはイギリスのマンチェスターでフェミニスト心理学者のエリカ・バーマンとともに設立したディスコース・ユニットを拠点として,この30年ほどの間,批判心理学を展開してきました.

 数多い彼の著書の最新刊が「サイ・コンプレックスを考える:心理学と精神分析と社会理論の批判的検討」(ゼロブックス,2018)です.

 Ian Parker (2018)  Psy-Complex in Question :Critical Review in Psychology,Psychoanalysis and Social Theory. Zero Books


  この本は1990年代初めからパーカーが発表した書評を,サイ・コンプレックスの観点から集成したものです.
 サイ・コンプレックスは心理学(psychology)や精神分析(psychoanalysis)や精神医学(psychiatry)など,英語表記で接頭辞の「psy」を語頭にもつ心に関する諸学問が,社会の様々な領域のニーズを背景として生み出してきた心を説明する理論や用語や検査,セラピー等が実生活の中で適用され,人々の主観性や行為に影響を与えている情況を説明する概念です.

 心理学などの学問を,社会や政治経済,諸制度,文化などとの関わりの中で捉える視点が,サイ・コンプレックスという概念の眼目です.
 コンプレックスというと「劣等感(インフェリオリティ・コンプレックス)」を考えがちですが,それではありません.
 サイ・コンプレックスをあえて漢字を用いて訳すと「心理的複合体」といった表記になりそうですね.

 パーカーの新刊は心に関する他の研究者の仕事を,彼がサイ・コンプレックスの観点からどう考えたか,読者に教えてくれます.
 ひとつの論考が数ページと短く,簡潔で分かりやすい書き方で論じられています.百数十ページほどの手軽に読める便利な本です.

 批判心理学者は制度的学問としての心理学に止まらず,現代社会や社会の構造的問題と心理学的文化の関係を問うなど,より広い視座をもつに至る例が多いようです.
 パーカーの場合は個別学問としての心理学を超えて,ラカン派精神分析やジジェクの精神分析的研究,さらにそれらと社会理論の関係へと知的関心と社会的実践が拡張していった軌跡を,同書に収められた書評が示しています.

 下に目次をお示しします.

 イアン・パーカー 
「サイ・コンプレックスを考える:心理学と精神分析と社会理論の批判的検討」(ゼロブックス,2018)
1.イントロダクション:サイ・コンプレックスのレビューと批判
2.心理学と心理療法
3.精神分析,ラカン
4.社会理論,ジジェク

  Psy-Complex in Question   

2018年3月 1日 (木)

シンポジウム 「対テロ戦争における『過酷尋問』と心理学:ホフマン報告書を読む」

 「テロとの戦い」におけるテロ容疑者への「過酷尋問」にアメリカ心理学会とアメリカの心理学者が加担した問題をめぐって,3月19日に下記のシンポジウムが開かれます.
 この問題に関心をお持ちの方はどなたでも参加できます.参加費は無料です.

 2016年のシンポジウム「心理学と対テロ戦争と『国家安全保障の尋問』」(http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-c778.html),2017年のシンポジウム「対テロ戦争における『心理学的拷問』を考える:ホフマン報告の後の心理学」(http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-dc2e.html)に続いて,3回目となります.

 今回のシンポジウムはホフマン報告書の原文にもとづき,「心理学的拷問」を検討します.



シンポジウム 「対テロ戦争における『過酷尋問』と心理学:ホフマン報告書を読む」

 2011年にアメリカを襲った9.11同時多発テロの後,テロ対策のためアメリカ政府の施策の一環として軍事・情報当局によってテロ容疑者に「過酷尋問」が行われました.
 過酷尋問は被尋問者に著しい苦痛を与え心身の健康を損なう拷問だとアメリカ国内でも,国際社会でも非難の声があがりました.アメリカの心理学者とアメリカ心理学会が当局の求めに応じて過酷尋問に加担した事実が明らかになると,北米社会において心理学への信頼が揺るがされる事態を招きました.

 本シンポジウムではアメリカ心理学会の関与を検証したホフマン報告書を読み,アメリカの心理学者がなぜ「心理学的拷問」に加担したのか考察します.

日時:3月19日(月),14:30-16:45
話題提供:五十嵐 靖博(山野美容芸術短期大学) 「ホフマン報告書にみるアメリカ心理学会と心理学者の行動の論理と倫理:批判心理学の立場から」
指定討論1:いとう たけひこ(和光大学)
指定討論2:杉田 明宏(大東文化大学)
会場:和光大学A棟9階心理教育学科資料室
(https://www.wako.ac.jp/access/campus.html)
参加費:無料
主催:(公社)日本心理学会 批判心理学研究会
共催:平和のための心理学者懇談会,心理科学研究会平和心理学部会


 このシンポジウムに続いて同じ会場で,平和のための心理学者懇談会・心理科学研究会平和心理学部会 2017年度第4回合同研究会が開かれます.

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