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2018年6月10日 (日)

トールマンと上代晃を再評価する機会:「目的と認知:エドワード・トールマンとアメリカ心理学の転換」,キャロル著,2017,ケンブリッジ大学出版局

新行動主義の立役者としてのトールマン像

 今日,西洋に由来するアカデミックな心理学や科学的心理学の方法論として流布している認知行動主義は,1930年代に北米の心理学者たちが確立したS-O-R図式や変数概念,心的概念の操作的定義など,新行動主義が生み出した道具立てに依拠しています.

 エドワード・トールマン(1886-1959)は1920年代から30年代をとおして,新行動主義が生まれ精緻化される過程で大きな役割を果たした立役者として,心理学教科書に記載されています.
 目的的行動主義や「サイン‐ゲシュタルト」に加えて,認知地図の概念を考案し認知心理学の発展の道を開いた理論家として位置づけられているようです.

 トールマンの仕事の全体を考えるうえで役立つ歴史研究書が刊行されました.

デビッド・キャロル著 「目的と認知:エドワード・トールマンとアメリカ心理学の転換」,2017,ケンブリッジ大学出版局
David W. Carroll,  Purpose and Cognition: Edward Tolman and the Transformation of American Psychology. 2017. Cambridge University Press)

 心理学者として形成される時代から1930年代の論理実証主義者との交流,目的的行動主義の模索と確立,反戦や経済恐慌などの社会的課題への取り組み,第2次大戦時の軍事心理学への参加,戦後にアメリカ社会を席巻したマッカーサー主義(赤狩り)との対決など,トールマンの知的活動と社会的活動の双方をこの本から知ることができます.
 大
戦後に日本心理学に絶大な影響を与えてきたアメリカ心理学の成り立ちを考えるうえで有用な歴史書です.

 心理学史研究者の一人として学ぶところが多く,さまざまな知的刺激を得られ研究へのモチベーションを高めてくれます.
 (同書の著者は心理学史研究の専門的訓練を受けたエキスパートではありませんが,良い本を書いてくれました!)

 

日本の理論心理学者,上代晃とトールマン

 アメリカのアクロン大学(オハイオ州)は1960年代半ばからアメリカ心理学の歴史に係る各種の資料を収集し公開しています.北米における心理学史研究の拠点として多くの研究者を支えてきました.

 今から十数年前,私は同大学のアメリカ心理学史アーカイブを訪れ,日本の心理学に大きな影響を与えたトールマンの資料を調べていました.
 すると,彼が上代晃(じょうだい・こう)の渡米とデューク大学心理学科での研究を実現するために関係者と交わした書簡を見いだしました.

 上代晃(1915-1958)は戦後の復興期に理論心理学者,学習心理学者として活躍しました.広島大学教育学部の学習心理学講座の教授を務めていた1958年に,胃がんのため42歳の若さで亡くなりました.
 トールマンらアメリカの心理学者が彼のために尽力したデューク大学での研究は,叶わないまま終わりました.

 上代はアメリカの行動主義的学習心理学の影響のもと,独自の理論心理学を探究しました.彼の没後,その理論心理学が継承されることはありませんでした.
 デューク大学心理学科には当時,北米で理論心理学を主導していたシグムンド・コッチが在職し,活発な研究活動を行っていました.
 上代が病に倒れることなくデューク大学で研究に取り組んでいたら,両者の間で建設的な知的交流が生まれたかもしれません.
 もし彼が広島で大学教員が定年を迎える歳まで研究活動を行っていたなら,理論心理学の立場から国際的規模で心理学に新しい潮流を生み出していたのでは,と夢想しています.

 今月下旬にオハイオ州立アクロン大学心理学史研究センター(www.uakron.edu/chp)で,国際行動社会科学史学会(カイロンの愛称で知られています)の創設50周年記念大会が開かれます.

 同大学の心理学史アーカイブが私に,上代とトールマンの交流を知る機会を与えてくれました.
 今日,日本で上代を知る人は稀です.その理論心理学研究の意義を理解する人はもう,いないのかもしれません.
 上代が(おそらく,命がけで)研究活動を行っていた広島の地でも,彼の事績が記された記録や資料はほとんど失われてしまいました.

 私も以前から,上代が理論心理学と題する著書を刊行したことや広島大学の学習心理学を担っていたことは聞いていました.が,彼の学問の詳細を知るに至りませんでした.
 アメリカ心理学史アーカイブがそれを可能にしてくれました.

 かねてアクロン大学の心理学史部門に感謝の思いを伝えたいと考えていたところ,同大学心理学史研究センターがカイロンの年次大会を開くことになりました.
 そこでこの大会で,上代の仕事と心理学者としての在り方を事例として,理論心理学や心理学史研究の立場から「心理学とは何だろうか」という19世紀以来,心理学が直面している課題について研究発表を行う予定です.
 (上代の没後,60周年にあたる2018年にこうした機会が訪れました.)
 下記のサイトにこの発表のアブストラクトが掲載されています.
 Koh Johdai (1915-1958) and his Pioneering Project of Theoretical Psychology: The Importance of E.C.Tolman in a Theory of Behavior (Yasuhiro Igarashi)
 (https://www.academia.edu/38853852/Koh_Johdai_1915-1958_and_his_Pioneering_Project_of_Theoretical_Psychology_The_Importance_of_E.C.Tolman_in_a_Theory_of_Behavior

 なぜ,トールマンは上代のアメリカでの研究を実現するために努力したのでしょうか.
 その理由や背景をキャロルの著書「
目的と認知:エドワード・トールマンとアメリカ心理学の転換」から,うかがうことができます.
 同書の著者はおそらく,上代の存在やトールマンが彼のために尽力したことを知らないかもしれません.
 しかし,トールマンが学問に取り組む姿勢から,両者の交流が生まれた文脈がわかります.

 下に目次をお示しします.

目次
Preface
Introduction
1. Growing up in New England
2. The Harvard milieu
3. Out West
4. A new formula for behaviorism
5. Purposive behaviorism
6. The turn toward operationism
7. 'A concern for social events'
8. Cognitive maps
9. The loyalty oath
10. The legacy of Edward Chace Tolman

 

「Purpose and Cognition: Edward Tolman and the Transformation of American Psychology」の画像検索結果

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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