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2018年7月

2018年7月20日 (金)

アメリカ心理学会とグアンタナモ収容所への心理学者の再配属

アメリカ心理学会の理事会,代議員会と国家安全保障の尋問

 対テロ戦争と心理学の関係をめぐって,アメリカ心理学会の運営を担う執行部や代議員会で新しい動きが起きています.
 アメリカ心理学会(APA)の理事会が,米国防省総省やCIAに所属する心理学者(APA会員)が軍やCIAなどが設営した収容施設で,戦争捕虜やテロ容疑者の処遇に再び関与できるように倫理指針を改定する動議を承認しました.

 また同理事会は,ホフマン報告書をAPAのウェブサイトから取り除くことを求める動議も,承認しました.
 ホフマン報告書は9.11同時多発テロの後に,APA幹部が国防総省やCIAなど軍事・情報当局と連携してテロ容疑者への「過酷尋問」に加担した問題を,同理事会が委嘱した独立調査委員会が調査した結果をまとめたものです.

 この報告書は2015年7月にAPAのウェブサイトで一般に公開されました.
 テロ容疑者への「強化尋問技法」を用いた「心理学的拷問」に一部のアメリカの心理学者とアメリカ心理学会執行部が加担した問題を考えるうえで,ホフマン報告書はもっとも重要な資料とされています.
 同報告書がAPAのウェブサイトで閲覧できなくなれば,APAとアメリカ心理学が抱える問題を知る契機が失われかねません.
 
 現時点ではホフマン報告書を下記のサイトからダウンロードできます.
 Report of the Independent Reviewer and Related Materials
(http://www.apa.org/independent-review/)


 APA理事会が承認した2つの動議は来月,サンフランシスコで開かれるAPA年次大会に合わせて開催される代議員会で審議されます.
 APA代議員会が承認すれば,上記が実際に行われることになります.

 アメリカで「心理学的拷問」に反対する活動に取り組んでいる友人たちが,知らせてくれました.




APA代議員会は賛成するでしょうか?
 2015年7月にホフマン報告書が公開されると,APAの会員たちも北米社会の一般の世論と同様に,
・CIAや米軍の心理学者が自らテロ容疑者に「過酷尋問」を行ったこと,
・APA執行部が軍事・情報当局の求めに応じて「過酷尋問」を実施する体制(いわゆる「政府が認可した拷問のレジーム」)を支えていたこと,
・APA執行部がそれらの事実を認めず,APAは「過酷尋問」に関与していないと虚偽の説明をして10年ほどの間,一般のAPA会員や公衆を欺いてきたこと,等に強く抗議しました.

 ホフマン報告書を受けて長年,APAの運営を担っていた幹部職員(CEO,副CEO,倫理局長,広報局長など)が辞職しました.

 同年8月に代議員会は,アメリカ心理学会会員が「国家安全保障に関する尋問」に関与することを禁止する動議を157対1の圧倒的多数で採択しました.(反対した1名は軍事心理学部会の代議員です.)
 これによりAPA会員は軍やCIAの収容施設で尋問に関与できなくなりました.アメリカ精神医学会やアメリカ医学会は,すでに10年前に禁止していました.「ヒポクラテスの誓い」が重んじられる医療界では当然のことでしょう.
 以前,当ブログでこのAPA代議員会について報告しました.

 「心理学的拷問を禁止したAPA代議員会:デモクラシー・ナウ!で視聴しましょう(http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-2fe3.html)

 アメリカの非営利ニュースメディア,「デモクラシー・ナウ!」のウェブサイトで,倫理指針を改定したAPA代議員会の審議の模様を報道した動画が公開されています.(お薦めです!)

 「No More Torture: World’s Largest Group of Psychologists Bans Role in National Security Interrogations」(http://www.democracynow.org/2015/8/10/no_more_torture_world_s_largest)

 APA代議員会は専門部会や地域部会の代表,APA理事会メンバーで構成されます.アメリカ心理学会の最高意思決定機関です.
 3週間後に迫った代議員会へ向けて,上の動議に賛成する側も反対する側もそれぞれの意図を実現するために今,活発に動いているのでしょう.




なぜ再び,軍事心理学者をテロ容疑者の処遇に関与させるのでしょうか?
 再度,グアンタナモ収容所のような収容施設で米軍やCIAの心理学者が捕虜や容疑者の処遇に関与できるように倫理指針を改定するという提案をAPA理事会が採択したと聞き,私は驚きました.

 この提案は第19部会(軍事心理学)に所属する軍事心理学者が中心になり,提議されました.
 軍やCIAの施設で心理学者は捕虜や容疑者の健康や福祉のために働くのであって,尋問を行うのではない,容疑者たちが心理学的ケアを受ける権利を奪ってはならない,心理学者は心身の健康に関するケアを行う義務を果たすべきである,といった主張をしています.
 9.11同時多発テロの後に心理学者が「過酷尋問」に加担したような事態は,再び起きないという意見です.(第19部会は元来,米軍の心理学者は拷問などの倫理に反する行為をしてはいない,と主張してきました.)

 この動議に反対する人たちは,軍やCIAに所属する心理学者は中立的立場で捕虜や容疑者に接するわけではない,テロ対策のために情報が求められる戦時下の緊迫した状況では容疑者に「過酷尋問」が行われやすい,軍やCIAの心理学者はこうした状況で「過酷尋問」に加担するおそれがある,国際赤十字など軍やCIAとは独立した組織で容疑者の健康や福祉のために心理学者が働くことは現在も認められている,といった主張をしています.

 私は前者よりも後者の方が説得力がある,と考えます.
 軍事・情報当局とその収容施設に拘束された容疑者の間には,圧倒的な力の格差があります.
 軍やCIAに所属する心理学者は組織の一員として,上位者の命令や指示に従うよう求められます.「専門的な知識や技術を用いて人に害を為してはならない(Do no harm)」という健康専門職者の倫理規範を守れない事態に直面することもあるでしょう.

 米軍とCIAの心理学者はテロ容疑者への「心理学的拷問」に加担しました.CIAに雇用された米軍出身の臨床心理学者は自ら「強化尋問技法」を作り,アルカイダ幹部に「過酷尋問」を行いました.
 もう一度,敢えて彼(女)を軍やCIAの収容施設に配置する必要があるとは思いません.

 また,ホフマン報告書をAPAのウェブサイトから取り除く動議が採択されれば,APA執行部がごく最近に犯した重大な過誤を公衆が知るすべが失われます.
 その過誤はアメリカ史に記録される歴史的事件の一部です.人権や自由を重んじてきた建国以来の「アメリカの理想」が政・官・学界で共有されなくなった新しい時代を標した倫理上の惨事として,広くマスコミで報道されました.

 3年前に同報告書が公開されると,その中で責任を問われた心理学者を中心に報告書が認定した事実に異をとなえる声が上がりました.同報告書は間違っているので,もう一度,独立調査を行うべきだ,と主張する人も現れました.
 今,APA理事会がホフマン報告書を公衆の目から見えにくくしようとするのは,こうした過去の連続線上で起きた出来事のようです.
 その意味で意外ではありません.

 以前,当ブログに掲載した下記の記事をご参照ください.
 アメリカ心理学会元会長の書簡Ⅱ:「心理学的拷問」とホフマン報告の後の倫理
(http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-6ab7.html)


 漏れ聞くところでは,APA代議員会は同理事会などの執行部が主導して司会進行され,2日ほどの会議の間に数多くの議題が審議されるそうです.
 1事案につき短時間の説明と討議の後に採決されることが多く,たいていは提出された動議が採択されるそうです.じっくり考えて問題をよく理解し,議論する時間はありません.

 APA理事会が上記の2つの動議を承認した今,代議員会もそれを採択することが期待されているのでしょう.
 3年前にAPA代議員会が「国家安全保障に関する尋問」にAPA会員が関与することを圧倒的な多数決で禁止した知らせを聞いて,私は「いよいよアメリカの心理学者の良識が発揮されたな」と感じ,安堵しました.
 アメリカの心理学者たちも「心理学的拷問」の悲惨な実態を知れば,これを許すはずはない,と考えていたからです.

 3年の月日が過ぎ,APA代議員の顔ぶれも変わりました.この問題の詳細を知らない代議員も多くなったため,APA理事会が承認した2つの動議を代議員会も採択するのではないか,という観測もあります.
 しかしたった3年で倫理指針の再改定が行われようとしていることに,驚きを禁じえません.
 それほど国防総省などの軍事・情報当局はAPAに大きな影響を与えているのでしょう.当局はかねて心理学者を戦争や諜報のために活用してきました.

 ホフマン報告書はアメリカ心理学会の運営を担う人たちが,雇用や研究資金の獲得や政官界での心理学者の地位の向上を目指して,「ブッシュ政権が認可したテロ容疑者への拷問」に加担した事実を認定しました.

 APAの内部でそうした状況は現在も,変わっていないのかも知れません.
 9.11の後に「心理学的拷問」に加担したのも,今,倫理指針を再改定してホフマン報告書を隠そうとするもの,根っこにあるのは同じ動機のようにみえます.

 代議員の皆さん,事前配布された資料を読み込む作業など大変だと思いますが,がんばってください!
 


 
〔追記〕
 この問題を考えるうえで,「サイコロジー・トゥデイ」に掲載された下の記事が参考になります.
 ロイ・エイデルソン 「再び岐路に立つAPA:来月に開かれる代議員会の投票は専門家として贖罪を続けることを選ぶか?」
 
Roy Eidelson, Another Crossroads for the APA :Will votes next month mean continued progress toward redeeming the profession?
(https://www.psychologytoday.com/us/blog/dangerous-ideas/201807/another-crossroads-the-apa)

 2005年の夏,APA会員の中から対テロ戦争における「心理学的拷問」に反対する運動が本格的に始まりました.上の記事を書いたエイデルソンはそこで大きな役割を担ったひとりです.


 サイエンス誌も取り上げています.APAの理事会,倫理や公共政策,法などに関する各種の委員会の動向を報じています.
 「軍事的抑留者を処遇する規則を変更しようとするアメリカの心理学者たち(U.S. psychology group set to modify rules on interactions with military detainees)」
 (http://www.sciencemag.org/news/2018/07/us-psychology-group-set-modify-rules-interactions-military-detainees)


 ネットメディアの「バズフィード」も,26日にこの問題を報道しました.
 「心理学者たちの拷問報告書に関する汚い争い(Psychologists Are In A Nasty Fight About A Report On Torture)」
(https://www.buzzfeednews.com/article/peteraldhous/psychology-torture-guantanamo-interrogation)
 APAの内部と一般社会の見方の落差がここにも表れています.


 APAの有力者たちが「国家安全保障に関する尋問」をめぐって,逆コースへの歩みを早めている背景として,トランプ政権において大統領や国務長官やCIA長官が「過酷尋問」を容認する立場をとる政治情勢の影響も考える必要があります.

 当ブログに以前,下記の記事を掲載しました.
 トランプ米大統領がテロ対策で水責めなどの拷問は有効だ,と述べました:心理学的拷問
(http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-edf3.html)


 トランプ大統領が「水責めの女王」をCIA長官に指名しました:対テロ戦争における「心理学的拷問」
(http://critical-psychology.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/cia-60a1.html)




2018年7月16日 (月)

次回の批判心理学セッションは10月20日です

 6回目の批判心理学セッションが,7月15日に開かれました.
 発表テーマは下記のとおりです.

  話題提供1:鈴木  聡志(東京農業大学) 「戦時体制下日本の臨床心理学:教育相談,知能検査,ゲシュタルト心理学」
  話題提供2:百合草  禎二(主体科学としての心理学研究所) 「心理学における弁証法の問題(2):矛盾の適用例」
  話題提供3:五十嵐 靖博(山野美容芸術短期大学) 「『心理学とは何だろうか』という問題を考える:批判心理学と理論心理学の立場から」
  話題提供4:田辺 肇(静岡大学) 「薬物依存と性非行:解決を阻むものは何か」

 話題提供から私は多くのことを新たに学びました.
 このセッションでしか知りえないことを,知ることができました.発表者と質問者の討議が活発に行われ,今後の研究につながる推進力が得られたと実感しています.

 次回の批判心理学セッションは10月20(土)に,同じ会場(静岡大学東京事務所)で開かれます.
 発表を希望される方は当ブログ開設者にお知らせください.心理学の各種の研究主題や方法,社会諸セクターでの心理学の適用,歴史や哲学,心理学教育,その他についての発表を歓迎します.

 批判心理学に関心をお持ちの方は,どなたでも参加できます.(参加費は無料です.)



2018年7月14日 (土)

アメリカ心理学ミュージアムの展示施設がオープンしました

 アメリカ心理学ミュージアム(National Museum of Psychology)が,6月27日にグランドオープンしました.(https://www.uakron.edu/chp/museum/)

 
アクロン大学(オハイオ州アクロン市)のカミングス心理学史センターの1階に,大規模な展示施設が新しく作られました.
 心理学の歩みや人々の生活との関係などを,同センターの数多い収蔵品の中から選りすぐりのコレクションを用いて,分かりやすく説明しています.アメリカで初めての,おそらく他国にも類例のない心理学を専門とする博物館です.

 「人間であるとはどのようなことか」というメイン・テーマを掲げ,1.職業としての心理学,2.科学としての心理学,3.心理学と社会変革,という3つの領域で心理学の歴史を提示しています.

 教科書でおなじみの研究が実物を用いて展示されています.たとえば,次のようなものです.
・ジンバルドの刑務所実験:囚人や看守の衣服や装備,両者の役割に応じた日ごとの行動の変化など,
・バンデューラの観察学習:子どもに与えられたボボ人形.人形に対する子どもの反応など,
・エレノア・ギブソンの視覚的断崖:実際に歩いて渡れる断崖です,
クラーク夫妻が実験で用いた白人と黒人の人形:アメリカの公民権運動の歴史を画したブラウン判決で証拠として採用された研究の詳細,
・1910年代から移民や新兵に課された知能検査:検査の設問に答え,その場で診断が下されます,
・フロイトのクリニックの長椅子:患者用の長椅子に横たわって,自由に記念撮影できます.

 分離脳の研究で1981年にノーベル医学・生理学賞を受賞したロジャー・スペリーに授与されたノーベル・メダルも展示されています.(レプリカではなく,本物です).

 幸運なことに先月,一般公開される直前にミュージアムを内覧する機会を得ました.時間のたつのを忘れて楽しみました.
 展示を通してミュージアムを運営する心理学史研究者の考え方を知ることも,同業の研究者としては楽しいことです.

 英語での展示ですが,心理学に関心をお持ちの方はアメリカ旅行のついでにミュージアムを訪問されると,日本では味わえない経験ができます!


 オハイオ州のテレビ局がミュージアムを紹介した動画です.

University of Akron debuts the country’s first Museum of Psychology - WKYC Channel 3(https://www.wkyc.com/article/news/local/akron/university-of-akron-debuts-the-countrys-first-museum-of-psychology/95-567204752)


CHPsychMuseum-web

                              (https://www.uakron.edu/chp/museum/)

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