« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

2018年12月

2018年12月26日 (水)

「歴史への新しいアプローチを討議する」(M.タムとP.バーク編,2018):心理学史研究の発展のために

 今,日本社会で生きる私たちは,さまざまな「心理学知識」が浸透した環境のなかで生活を送っています.
 自分の身近に人の心や内的な性質,行動などを説明する用語,それらを測定する検査,「心の問題」に対処するセラピーなどが,どのくらい普及しているか,お気づきでしょうか.

 それらの心理学知識は私たちの生活に,私たちが自他を理解する仕方に,陰に陽に影響を与えています.
 だから,それらをよりよく知ることが幸福な生活を送るために必要です.心理学知識はときに私たちの生活に悪影響を及ぼします.

 心理学を知るためには,心理学の歴史を知る必要があります.目の前にある心理学知識の由来を知れば,その長所も短所も明らかになることでしょう.
 しかし歴史は一つではありません.ある歴史的事象をどのように説明するかは,歴史を記述する人の立場や考え方(歴史観)によって大きく異なります.
 歴史観が異なれば,書かれ語られる歴史の物語も変わります.

 歴史学の領域で現在,新しい歴史観が探究され,そのもとで新しい研究が進められています.
 その最新の動向を討議する研究論文集が刊行されました.

M.タムとP.バーク編,「歴史への新しいアプローチを討議する」ブルームスベリー・アカデミック社,2018. (Debating New Approaches to History.
Marek Tamm & Peter Burke, (Eds), Bloomsbury Academic, 2018)



 心理学史研究にたずさわるものには学ぶことの多い良書です.歴史学の最前線に触れ,知的刺激を与えてくれます.
 「グローバル・ヒストリー」,「ジェンダー史」,「ポストコロニアル・ヒストリー」などすでに盛んなアプローチに加えて,「デジタル・ヒストリー」,「ニューロ・ヒストリー」,「ポストヒューマニスト・ヒストリー」,「環境史」,「人新世」など,興味深い主題が満載です.目次をみているだけでワクワクします!

 下に目次をお示しします.

Introduction, Marek Tamm (Tallinn University, Estonia)
1. Global History
Contributor: Jürgen Osterhammel (University of Konstanz, Germany)
Commentator: Pierre-Yves Saunier (Université Laval, Canada)
2. Environmental History
Contributor: Grégory Quénet (Versailles Saint-Quentin-en-Yvelines University, France)
Commentator: Sverker Sörlin (KTH Royal Institute of Technology in Stockholm, Sweden)
3. Gender History
Contributor: Laura Lee Downs (European University Institute, Italy; EHESS, France)
Commentator: Miri Rubin (Queen Mary University of London, UK)
4. Postcolonial History
Contributor: Rochona Majumdar (University of Chicago, USA)
Commentator: Prasenjit Duara (Duke University, USA)
5. History of Memory
Contributor: Geoffrey Cubitt (University of York, UK)
Commentator: Ann Rigney (Utrecht University, The Netherlands)
6. History of Emotions
Contributor: Piroska Nagy (Université du Québec à Montréal, Canada)
Commentator: Ute Frevert (Max Planck Institute for Human Development, Germany)
7. History of Knowledge
Contributor: Martin Mulsow (Erfurt University, Germany)
Commentator: Lorraine Daston (Max Planck Institute for the History of Science, Germany)
8. History of Things
Contributor: Ivan Gaskell (Bard Graduate Center, USA)
Commentator: Bjørnar Olsen (UiT – The Arctic University of Norway)
9. History of Visual Culture
Contributor: Gil Bartholeyns (Université de Lille 3, France)
Commentator: Jean-Claude Schmitt (EHESS, France)
10. Digital History
Contributor: Jane Winters (School of Advanced Study, University of London, UK)
Commentator: Steve F. Anderson (University of California, Los Angeles, USA)
11. Neurohistory
Contributor: Rob Boddice (Freie Universität Berlin, Germany; McGill University in Montreal, Canada)
Commentator: Daniel Lord Smail (Harvard University, USA)
12. Posthumanist History
Contributor: Ewa Domanska (Adam Mickiewicz University in Poznan, Poland; Stanford University, USA)
Commentator: Dominick LaCapra (Cornell University, USA)
Conclusion, Peter Burke (University of Cambridge, UK)            

Media of Debating New Approaches to History

 

2018年12月24日 (月)

次回の批判心理学セッションは2月17日です

 昨日,8回目の批判心理学セッションが開かれました.

 コミュニケーション学と社会心理学,特に構築主義や構成主義をめぐって話題提供と討議が,1時間半余りの間,活発に行われました.
 その後,自然科学と人間観の関係を質問紙によって探究する大規模な研究の結果が速報され,結果の解釈やさらなる分析の仕方が討議されました.今までにない研究のツールと理論的発展が期待され,今後の発展が楽しみです.

 いずれも私にとって,新しい知見を得る機会となりました.原子力発電所事故に関する私の発表にも,さまざまなご意見をいただきました.
 ありがとうございました.
 セッションの後の懇親会も,研究の進め方や研究者としての在り方などを語り合い,楽しくかつ有意義な時間を過ごしました.
 
 
批判心理学セッション8
日時:12月23日(日),午後2時から

会場:静岡大学東京事務所.同事務所は東京工業大学キャンパス・イノベーションセンター内,6階612号室(エレベータを出て左側正面)
話題提供1:増田 匡裕(和歌山県立医科大学) 「コミュニケーション学でもらった“玉手箱”を心理学の“浜辺”で開けてみると(その2):“e”が2つの「ケリー」よりも1つの「ケリー」が「認知的アプローチ」で「構成主義」の基盤と呼ばれる彼岸」
話題提供2:小田 友理恵(法政大学大学院)・吉田 光成(専修大学大学院)・新川 拓哉(Intsitut Jean Nicod)「自然科学は人間観にどのような影響を及ぼしているのか」
話題提供3:五十嵐 靖博(山野美容芸術短期大学) 「原子力発電所事故にかかわる諸問題を考える:批判心理学,理論心理学とディスコース分析の立場から」

 

 次回の批判心理学セッションは2月17日(日曜)の午後2時から,同じ会場で開かれます.
 批判心理学に関心をお持ちお方はどなたでも参加できます.

 話題提供を希望なさる方は当ブログ開設者にご連絡ください.

2018年12月19日 (水)

批判心理学を知るために:ヴィヴィアン・バー 著「ソーシャル・コンストラクショニズム:ディスコース・主体性・身体性」

 大学などの心理学入門の授業ではたいてい,心理学は「心と行動の科学」だと教えられています.これは1930年代にアメリカで成立した新行動主義から,1950‐60年代にコンピュータ科学などの成果を取り入れて認知行動主義へと発展した現在の「主流心理学」の心理学観を表した心理学の定義です.

 認知行動主義的アプローチに依拠する「主流心理学」が抱える問題点を現在,日本でも他の国・地域でも多くの心理学者が自覚し,その解決に取り組んでいます.
 そのためには心理学の存在論や認識論など,哲学の水準で「主流心理学」を検討して新しい心理学の哲学を,それに支えられた研究方法論を構築しなければなりません.

 さまざまな可能性が探究され,
新しいアプローチが生み出されてきました.社会構成主義はその主要なひとつです.
 心理学の研究対象を「客観的,普遍的なもの」としてでなく,ある文化や社会の文脈において,特定の言語を用いて集合的に構成されたもの,という見方で研究しています.

 イギリスの批判心理学者,ヴィヴィアン・バー(Vivien Burr)の定評ある社会構成主義の教科書が邦訳されました.2015年に刊行された第3版の日本語訳です.

 ヴィヴィアン・バー (著)「ソーシャル・コンストラクショニズム:ディスコース・主体性・身体性」 田中 一彦 ・大橋 靖史 (訳),川島書店,2018


 社会構成主義に関する数多くの研究を引用して,各種の異なる立場を説明しています.訳文も読みやすく,優れた仕事を分かりやすい日本語で読む楽しみを味わえます.
 批判心理学とディスコース分析の入門書としても,お勧めできます.

 著者のバー氏はイングランド北部にあるハダースフィールド大学心理学科の「批判心理学教授」を自称しています.
 イギリスは最も批判心理学が盛んな国のひとつです.本書から1980年代以降に当地で興った「イギリス批判心理学」やディスコース分析の考え方を知ることができます.
   
 下に目次をお示しします.   
第1章 ソーシャル・コンストラクショニズムとは何か
第2章 ソーシャル・コンストラクショニズムの主張
第3章 ソーシャル・コンストラクショニズムにおける言語の役割
第4章 ディスコースとは何か
第5章 ディスコースの外に実在世界は存在するか
第6章 巨視的ソーシャル・コンストラクショニズムにおけるアイデンティティと主体性
第7章 微視的ソーシャル・コンストラクショニズムにおけるアイデンティティと主体性
第8章 ソーシャル・コンストラクショニズムの探究
第9章 ソーシャル・コンストラクショニズムにおける問題と論争



2018年12月 4日 (火)

質的心理学辞典が刊行されました

 長年,心理学の「正当な研究方法」として実験室実験やサンプル数の多い大規模な質問紙法など,量的方法が重んじられてきました.

 そうした「主流心理学」が心理学研究に強く影響を及ぼす状況において,インタビューやフィールドワーク,アクションリサーチなどの質的方法を用いて心理学研究を行うことは,それ自体が「主流心理学」への批判となり得ます.

 日本質的心理学会の企画により,質的心理学辞典が刊行されました.

  「質的心理学辞典」,能智正博(編集代表),新曜社,4800円


 版元のウェブサイトの記述によると(https://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1601-4.htm),

「日本質的心理学会創立15周年記念出版。
 拡大と深化を続ける質的探究の「いま」を概観し理解するための1098項目を厳選。
 多様な学問的背景をもつ第一線の252名が、初学者にもわかりやすく語義を解説し、読み物としてもおもしろさ抜群。
 多様な人びとの対話と協働を促す必携の書!
 *質的研究の辞典は日本初!*初心者からベテランまで必携の書」 とのことです.


 ざっと目を通したところ,上記のようにさまざまな知識に手軽に触れられ,読み物として楽しめました.電子ブックも刊行されるそうです.
 心理学に関心をお持ちなら,手元に置いておかれると役に立つことでしょう.お薦めできます.

 私も「批判心理学」や「批判的ディスコース分析」,「反精神医学」などの項目を寄稿しました.
 (「批判」や「反」という接頭語がつく用語を担当するのは,批判心理学者の役まわりなのでしょうね.かならずしも本意ではないのですが....)


« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ