« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »

2019年6月

2019年6月17日 (月)

批判的教育学事典(明石書店,2017)

 ラウトレッジ社のインターナショナル・ハンドブックの1冊,‘The Routledge International Handbook of Critical Education′(2009) が翻訳されていることを,ご存知でしょうか?
 日本語版のタイトルは「批判的教育学事典
」です.

 子どもや若者の教育がその在り方や目的,方法などをめぐって利害を異にする各種の主体の重要な関心事となることは,容易に予想できます.
 たとえば,子どもの自発的な興味や発達を重んじるか,時代の政治経済や社会からの要請を重んじて教育の目的や内容を決めるか,など多くの論争点が浮かんできます.
 「主流」の教育学とは異なる,様々な「批判的」なアプローチが登場するのも,うなずけます.

 次世代を担う子どもや若者の教育は,19世紀に国民国家が成立して以来,政治や行政,経済などを管理し統治する人々の関心の焦点でした.心理学が19世紀の後半に成立する背景になったのも,こうした社会セクターのニーズです.

 この事典から心理学の隣接学問である教育学における様々な批判的研究を,手軽に知ることができます.
 心理学を専攻する学生のために研究室に1冊,備えておかれるとよいのではないでしょうか?
 27,000円と高価ですが,有用な事典です.

 同じラウトレッジ社の国際ハンドブックシリーズから刊行されている‘The Routledge International Handbook of Critical Psychology’(2015)も,翻訳されるといいですね.

 批判的教育学事典
 マイケル・W・アップル,
ウェイン・アウ,ルイ・アルマンド・ガンディン編
 長尾彰夫,澤田稔監修
 27,000円
 明石書店, 2017.1.(原著の35章のうち28章を邦訳)
 

 批判的教育学事典


 以下,目次をお示しします.

第1部

第1章
批判的教育学の全体像 マイケル・W・アップル,ウェイン・アウ,ルイ・アルマンド・ガンディン

第2部
社会的文脈と社会的構造
第2章
世界銀行・IMFと批判的教育学の可能性 スーザン・L・ロバートソン,ロジャー・デール
第3章
学校教育の新自由主義的再編における運動と停滞 キャメロン・マッカーシー,ヴィヴィアナ・ピトン,スチョル・キム,デイヴィッド・モンヘ
第4章
企業化と学校の支配 ケネス・J・ソルトマン
第5章
カリキュラムというトロイの木馬 フルホ・トレス・サントメ

第3部
再配分・承認・差異化権力
第6章
再生産論再考-批判的教育理論におけるネオ・マルクス主義 ウェイン・アウ,マイケル・W・アップル
第7章
資本主義の君臨-階級闘争におけるペダゴジーと実践 ヴァレリー・スキャタンブロ-ダンニバーレ,ピーター・マクラーレン
第8章
人種はいまなお問題である-教育における批判的人種理論 グローリア・ラドソン-ビリングズ
第9章
教育におけるポスト構造主義的フェミニズムとは何だったのか ジュリー・マクロード
第10章
安全な学校、セクシュアリティ、批判的教育 リサ・W・ルーツェンヘイザー,シャノン・D・M・ムーア
第11章
男らしさと教育 マーカス・ウイーバー-ハイタワー
第12章
インクルーシブ教育という逆説-差異の文化的政治学 ロジャー・スリー
第13章
教育の批判理論に対するフーコーの異議申し立て ローザ・マリア・ブエーノ・フィッシャー(英語訳:リサ・G・ベッカー)

第4部
フレイレの遺産
第14章
テキストと闘うこと-フレインの批判的ペダゴジーを文脈化し、再文脈化する ウェイン・アウ
第15章
我々はどのようなタイプの革命に向けたリハーサルを積んでいるのだろうか-アウグスト・ボアールの「被抑圧者の演劇」 リカルド・D・ロサ

第5部
実践のポリティクスと理論の再生
第16章
批判的メディア教育とラディカル・デモクラシー ダグラス・ケルナー,ジェフ・シェア

第17章
批判的教育学のための教師教育 ケン・ザイクナー,ライアン・フレッスナー
第18章
集合的記憶の修復-批判的教育(学)の歴史 ケネス・テイテルバウム
第19章
教育力のある都市と批判的教育学 ラモン・フレチャ
第20章
市民学校プロジェクト-ブラジル、ポルトアレグレ市における批判的教育の適用と再生 ルイ・アルマンド・ガンディン
第21章
「日本」版批判的教育学・教育研究を創出する-批判的知の脱西洋化に向けて ケイタ・タカヤマ
第22章
中国における批判的教育研究の現状と可能性 グァン-ツァイ・ヤン,イン・チャン

第6部
社会運動と教育実践
第23章
批判的意識だけでは十分ではない-社会的公正、政治的参加、学生の政治化 ジーン・エニオン
第24章
教員組合と社会正義 メアリー・コンプトン,ロイス・ウェイナー
第25章
教員、実践と民衆-韓国教員の承認をめぐる闘争 ヒー・リョン・カン

第7部
批判的教育学のための批判的研究方法
第26章
転換期における批判的研究方法論に向けて ロイス・ウェイス,ミシェル・ファイン,グレッグ・ディミトリアディス
第27章
批判的教育研究は「量的」たりうるか ジョセフ・J・フェラール
第28章
文化横断的研究と教育におけるオリエンタリズム、西洋と非西洋の二元主義とポスト・コロニアルな視点 ヨシコ・ノザキ

 

 

2019年6月15日 (土)

第8回国際コミュニティ心理学会議(2020年6月26-28日,メルボルン)

 第8回国際コミュニティ心理学会議が,来年6月26日から28日までオーストラリアで開かれます.
 会場はビクトリア大学(メルボルン)です.

 コミュニティ心理学は北米心理学など,個人主義的な心理学観に基づく研究や心理臨床実践が支配的な心理学界において,「主流心理学」が直面している課題に取り組む批判心理学の先駆けとして長年,重要な役割を果たしてきました.

 第2次世界大戦後に国際心理学界を主導してきた北米心理学は,「個人の内部に閉じた心」を研究対象としています.
 外部からの入力(独立変数)が個人の心的過程(媒介変数)での内潜的な処理を経て,反応・行動(従属変数)として出力・測定されるという心観です.
 しかし心をひとりの個人の中で閉じたものとしてではなく,身近な他者や家庭,地域社会,学校や職場などのコミュニティ,さらに政治経済や諸制度などの社会構造と個人の心の関りにおいて研究することもできます.
 批判コミュニティ心理学は,北米主流心理学を制約している「過度の個人主義」を超えるアプローチを探究してきました.

 アメリカのコミュニティ心理学が1960年代に出立してから,長い時間が経ちました.
 
当初,アメリカのコミュニティ心理学は1960年代のアメリカ社会に広がっていた進歩的な気風を反映して,批判的なアプローチも採用していたのですが,他の多くの心理学の下位領域と同様,次第に「主流心理学」に組み込まれていきました.
(それでも私が見聞した限りでは,「統治や管理の機構のために働くエージェントに成り下がった臨床心理学よりはましだ」と世界の批判コミュニティ心理学者は考えているようです.臨床心理学者の皆さん,ごめんなさい.)

 コミュニティ心理学は日本の心理学教育で,もっと多くの時間と頁数を当てて紹介されるべき有用な領域です.
 心理学概論書でコミュニティ心理学の意義が詳しく説明され,批判コミュニティ心理学の日本語教科書が刊行されることが待望されています.
 (日本のコミュニティ心理学者の皆さん,よろしくお願いします!批判コミュニティ心理学を忘れないでください!)

 第8回国際コミュニティ心理学会議のおもな主題は,下記のとおりです.
・持続可能な未来のための知識(Knowledge for sustainable futures)
・多様な人々が参加できる文化と健康なコミュニティの創造(Creating inclusive culture and healthy communities)
・境界での活動(Working the boundaries)
・グローバルな動力学のローカルな表出(Global dynamics in local expressions

 発表申し込みの締め切りは,8月2日です.
 詳細については,下記の公式ウェブサイトをご覧ください.
  https://communitypsychologyaustralia.com.au/index.html


 

2019年6月 7日 (金)

次回の批判心理学セッションは9月16日(敬老の日)です

 11回目の批判心理学セッションが,6月2日に開かれました.
 遠方から飛行機や新幹線に乗って駆け付けた方も加わり,いつもにも増して活発な知的討議が行われました.

 発表テーマはコミュニケーション学への社会心理学からの新しい理論的研究,ロシアにおける旧ソビエト心理学の活動理論を受け継いで発展した心理療法,最近の日本社会における「自己肯定感」の批判心理学史的研究でした.

 ある発表者が会の後に,批判心理学「セッション」という発表形式は本当に良かった,自分の着想や説明に対して参加者たちがそれぞれの視点からたくさん刺激を与えてくれた,と述べていました.

 私も全く同感です.
 この数年で日本社会の中に急速に普及した「自己肯定感」という言葉の批判心理学史的研究を報告したのですが,参加者からいくつか貴重な示唆をいただきました.研究をさらに進められそうです.

 今後もこの「セッション」の長所を活かして,心理学が直面している課題に取り組む多様な研究を討議する場にしたい,と考えています.
 日ごろ研究や心理臨床や教育などの現場で心理学を実践している研究者の皆さん,学生として心理学を学んでいる皆さん,「今ある心理学」に疑問を抱かれたなら,批判心理学セッションで一緒に考えてみませんか?

 次回の批判心理学セッションは9月16日(敬老の日)に,同じ会場で午後2時から開かれます.
 発表を希望される方は,当ブログ開設者にお知らせください.

 下記は6月2日に開かれたセッションのプログラムです.

批判心理学セッション11
日時:6月2日(日),午後2時から
話題提供1:増田 匡裕(和歌山県立医科大学)「コミュニケーション学でもらった“玉手箱”を心理学の“浜辺”で開けてみると(その2:承前):G.A.Kellyの理論で対人コミュニケーションを説明するとはどういうことか」
話題提供2:百合草 禎二(常葉大学名誉教授)「エフ・イエ・バシリョク『体験の心理学:危機的状況の克服の分析』の第1章「体験の現代的見解」を読む」
話題提供3:五十嵐 靖博(山野美容芸術短期大学)「『自己肯定感』という言葉の起源と展開:心理学史研究と批判心理学の立場から」
会場:静岡大学東京事務所.同事務所は東京工業大学キャンパス・イノベーションセンター内,6階612号室(エレベータを出て左側正面)




 

« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »