トランプ大統領のアンガーマネジメント,ザギトワ選手の自分探し:2019年末の「心理学化」
心理学の概念や専門用語や理論などが,日常的な言語使用に立ち現れる現象は「心理学化」のひとつの事例です.
心理学化は,心理学が産出した知的産物が社会に流布したことを示すとともに,教育やビジネスや健康など社会の諸領域でどのような心理学知識・技術が求められているかを示唆しています.
最近,マスメディアの報道に接して,理論心理学者・批判心理学者の目に留まった例をふたつ.
トランプ米大統領のアンガーマネジメント
地球温暖化など気候変動への対処を政治経済界の指導者に求める運動を先導し,世界各地に広めたグレタ・トゥーンベリさん.タイムズ誌が2019年の「顔」に選出しました.
すると,トランプ米大統領がツィッターに,
「本当にばかげている.グレタは自分のアンガーマネジメント(怒りの制御)の問題に取り組まなきゃならない.それから友達と良い映画を見に行ってこい! 落ち着けグレタ,落ち着け!」と投稿しました.
トランプ氏、グレタさんに「落ち着け」 映画見ればと皮肉(AFP通信,2019年12月13日)
(https://www.afpbb.com/articles/-/3259334)
アンガーマネジメントは近年,日本でも知られるようになりました.認知行動主義的なアプローチを用いて,個人の内部の怒りの過程を自分でコントロールするものです.
過度の怒りの反応が自他にもたらす損失を自己コントロールによって低減できるなら,当人にも職場や学校など社会にとっても有益です.
このためビジネスや教育などの現場で活用できる,という考えが北米で広まり普及しました.
日本でも今後,いっそう活用されそうです.
ところで,グレタさんに「忠告」したトランプ大統領は,政治集会や記者会見でしばしば,怒りや不満を露わにしています.本人は,自分では怒りをコントロールできている,と考えているのでしょうか?
あるいは,ああした公的な場所での怒りの表出は,周到に計算された政治的パフォーマンスなのでしょうか?
ザギトワ選手の自分探し
2018年,ピョンチャンで行われた冬季オリンピックのフィギュアスケート競技で金メダルを獲得したロシアのアリーナ・ザギトワ選手.愛らしい容姿も相まって,日本でも大人気です.
12月,トリノで開かれたグランプリ・ファイナルで最下位に終わりました.
すると今後の競技生活について,
「スケートを続けるために,これからは調子の回復につとめる.自分探しの旅に出る.その後は…分かるでしょ」と語ったそうです.
ザギトワ「自分探しの旅に出る」“引退報道”の真相を告白/フィギュア(サンスポ,2019年12月19日)
(https://www.sanspo.com/sports/news/20191219/fgr19121917320007-n1.html)
ロシア語でどのように「自分探し」について語ったのか,明らかでありません.が,日本の報道で「自分探し」という言葉が用いられたのは,この言葉が日本社会で広く普及しているからでしょう.
「自己実現」や「自己アイデンティティ」のよりくだけた表現として,日本社会の中で「自分探し」が生まれ,前世紀末ころから広まりました.
サッカー日本代表として若者の人気を集めた中田英寿選手が引退表明したときに,「自分探し」の旅に出ると述べたことを覚えている方も多いのではないでしょうか.
誰にとっても「自分」は重要な関心の的ですが,それをどのようなものとして理解し考えるか,文化や社会が異なれば異なりえます.その際には自分を形容し概念化する言葉やカテゴリーが,陰に陽に「自分(自己)」についての考えに影響を及ぼしています.
「自分探し」は20世紀末以降の日本社会の文化や社会状況,価値観などを背景として,既存の心理学的概念とかかわりながら生まれ,普及した言葉(概念)です.
それを用いようとするニーズが社会とそこで生きる人々の中にあるのでしょう.だから「自分探し」は2020年も,広く用いられると予想されます.
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