アメリカ心理学会のコロナ禍対策が日本語で公開されました:心理学の可能性と課題
新型コロナウィルス問題が私たちの日常生活に大きな影響を与えています.
この事態に直面して,心理学は何を為しうるでしょうか.
アメリカ心理学会が米国民に向けてウェブ上で公開したコロナ禍対策が,日本心理学会によって翻訳され公式ウェブサイトに掲載されました.
感染を防ぐために外出が禁止され,「社会的距離をとる」よう求められている事態で生じうる心理的影響への対処法を提言しています.
「もしも「距離を保つ」ことを求められたなら:あなた自身の安全のために(Keeping Your Distance to Stay Safe)」
(https://psych.or.jp/about/Keeping_Your_Distance_to_Stay_Safe_jp/#L1h-1_ub1)
日本心理学会のこの活動を朝日新聞が報道しました(3月22日).
「長くなる在宅,心の健康保つ秘訣は? 米心理学会が伝授」
(https://digital.asahi.com/articles/ASN3M7J2XN3MPLBJ001.html?iref=pc_ss_date)
朝日新聞の報道では,コロナ禍による自宅待機への対処法として「「この感染症に関する信頼できる情報を得る」「日々のルーティンを作って実行する」「電話やSNSなどを活用したバーチャルなつながりを保つ」「自分の力では変えることのできない状況を受け入れるため『感謝の日記』をつける」などをアメリカ心理学会が推奨している,と述べられています.
報道に接して私が最初に抱いた感慨は,心理学が心という誰にとっても馴染み深い対象を研究する点で,ユニークな学問だということです.
上記を含めて理論心理学と批判心理学の立場から,念頭に浮かんだ考えを記します.
心=専門家が占有しない対象を研究する心理学
上の新聞報道に記載されたコロナ禍対策には,専門家でなくても考えつきそうなものが多い,と私には思われます.もちろんアメリカ心理学会が公開した元の記事を読むと,専門用語を用いてよりプロフェショナルらしく書かれています.
しかし煎じ詰めると,多分に常識的な内容だと感じます.専門家は一般の人々が知らないことを教えてくれそうですが,そうした内容が少ないと思うからです.
これは心理学者の怠慢というより元来,心が私たちの誰もが日々,経験していてよく知っているものだからでしょう.専門家でなくてもよく知られている研究対象をもつ心理学はユニークな学問です.
心理学化
アメリカ心理学会がこうした記事を米国民に向けて発信し,日本心理学会がそれを翻訳してウェブ上で公開したことは,コロナ禍のような重大な社会的課題に心理学が積極的に関与する時代が既に到来していることを示しています.
日本で全国紙がそれを報道したことと合わせて,心理学が社会に広く流布した「心理学化」の時代のただなかに私たちがいることを,改めて実感しました.
アメリカ化の影響
日本ではアメリカよりも数週間早く,新型コロナウィルスによる感染症が大きな問題になっていました.しかし,日本心理学会がこの問題について,社会に向けて発信することはありませんでした.
今回,日本心理学会がアメリカ心理学会のウェブ記事を邦訳して公開したことは,第2次大戦後の日本心理学のアメリカ化を示す一例でしょう.日本社会を脅かす大問題を目の前にしたときでも,アメリカ心理学会の跡に従う道を歩んでいるのです.
しかし新型コロナウィルス対策について,アメリカと日本では社会的,文化的条件が異なるかもしれません.
たとえば感染防止のために人との接触を低減する(社会的距離をとる)には,罰則を伴う強制が有効なのでしょうか.あるいは,集団が共有する規範に訴えて行動の変容を促す施策が効果を発揮するのでしょうか.
日本で活動する心理学者の視点から,コロナ禍問題を研究する必要がありそうです.
社会的視点の希薄さ
ともあれ,アメリカと日本で心理学の立場から重大な社会課題に取り組む発言がなされたことは,一歩前進です.
しかし心と社会の関係を考える視点がまだ希薄だ,と批判心理学者の目に映ります.
たとえば「社会的距離をとる」ことに伴うおもな問題は,アメリカにおける健康保険や有給病気休暇の制度的不備,経済的格差が健康格差を引き起こしていること,低収入による生活難や心的な不健康です.感染を防ぐために「社会的距離をとる」行動や治療のために病院で受診する行動が行われる社会的文脈も考えなければなりません.
こうした問題が改善されなければ,ウェブ記事の主題である心の健康を実現することはできません.
日本心理学会による翻訳記事も,このことに触れていません.
心理学はやはり,大きな課題に直面しているのではないでしょうか.
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