アメリカ上院がCIAの強化尋問技法(心理学的拷問)の効果を否定するレポートを公表しました
当ブログでこれまでに二度,強化尋問技法を用いた過酷尋問を取り上げましたが,アメリカ上院インテリジェンス特別委員会がCIAがテロ容疑者に行った過酷尋問の効果を否定するレポートを公表しました.
9.11後にアメリカが主導した対テロ戦争において,「強化尋問技法(EIT)」を用いて過酷な尋問が行われていました.
ジュネーブ条約が保障する捕虜として保護される権利をブッシュ政権によって否定され,国際法によってもアメリカの国内法によっても保護されない「違法な敵性戦闘員」とされたテロ容疑者が,アメリカ国外に設置された秘密収容施設で過酷な尋問を受けてきました.
CIAや国防総省などアメリカの軍事防諜部門は1950年代から心理学に着目して研究資金を心理学者に提供し,研究成果を活用してきました.心理学の教科書で広く知られるD.ヘッブの感覚剥奪実験はその一例です.
ヘッブは細胞集成体(cell assembly)の理論を提唱し,脳の可塑性に関する「ヘッブの法則」で知られる20世紀を代表する実験心理学者のひとりです.感覚刺激と脳の機能の関係に関心をもっていた彼は軍事セクターから資金を得て,この有名な実験を行いました.
対テロ戦争では,これらを踏まえて心理学者らが開発しパッケージ化した尋問技法が用いられてきました.「過酷尋問」は実質的には心理学的拷問です.尋問を受けた人の身体に拷問の痕跡が残らなくても,長期にわたって心に重大な障害が生じます.
また尋問者にとって,物理的な暴力を振るうよりも容易な方法です.被尋問者を狭い部屋で孤立させたり,腕を固定してしゃがんだ姿勢を続けるなど不自然な姿勢(ストレス・ポジション)を強いて苦痛を与えたり,大音量の騒音で感覚に過剰な刺激を与え続ければ,被尋問者の心身に深刻なダメージを与えられるのです.
睡眠剥奪や孤立,ストレス姿勢の強要,性的侮辱,脅迫,自尊心の否定,水責めなどを含む尋問の違法性と重大な人権侵害を米上院が糾弾しています.
拷問の苦痛から逃れるために虚偽の自白を強いられるため,テロに関する正しい情報を得ることもできず,強化尋問技法を用いた尋問は有効な手法ではなかったと結論づけています.
CNNやBBC,NHKなど多くのニュースメデイアが米上院インテリジェンス委員会の報告(ファインシュタイン報告)を詳しく報道しています.
手軽に概要を知るにはCNNの日本語サイトの下記の記事が便利です.
「CIAの拷問は「成果なし」 実態調査で分かったポイント」(http://www.cnn.co.jp/usa/35057693.html)
既存の知見を活用して「強化尋問技法」を開発し,パッケージ化して実用に供した2人のアメリカの心理学者は,アメリカ空軍のSEREプログラムの出身者です.
このプログラムは兵士が敵に捕えられ尋問されたときに,生存(Survival)し,回避(Evasion)し,抵抗(Resistance)し,逃走(Escape)する訓練を行っています.
朝鮮戦争で捕虜になった米兵が容易に「洗脳」されたことは,アメリカの軍事当局に衝撃を与えました.この経験がSEREプログラムの開発を促しました.
また旧ソ連で赤軍がスパイ容疑者に対してストレス姿勢などを強いて尋問を行っていることも軍事防諜関係者の間で知られていました.
尋問(拷問)もそれに対する対策も,心理学など行動科学と深くかかわっています.
アメリカ軍の2人の心理学者は研究を業とする専門家だったわけではありません.
アルカイダが尋問に抵抗するマニュアルを備えていることを知ったアメリカの軍事防諜当局は,テロ容疑者を取り調べる新たな方法を探していました.自軍でSEREプログラムにたずさわっている心理学者が適任だと考え,尋問技法を開発するよう委託しました.
彼らは既存の心理学知識を活用し,また被尋問者から情報を得るために元来,尋問者に対抗するために作られたSEREプログラムを「逆用」して強化尋問技法としてパッケージ化しました.
2人の心理学者は2005年に軍事コンサルテーション会社を設立して軍と契約を結んで尋問に関与し,2009年までに米政府から8100万ドルの報酬を受け取った,と報道されています.アルカイダ幹部など重要な容疑者の尋問を自ら行ったそうです.
しかし,彼らはアルカイダや対ゲリラ作戦,イスラム教や当地の文化や言語などについて詳しい知識を備えていなかったそうです.効果的な尋問を行いうる専門家ではなかったようです.
下記のサイトで,そのうちのひとりの軍事心理学者へのインタビューを視聴できます.
https://www.youtube.com/watch?v=MmNUi0itl-8
日本でも有名な心理学者(元アメリカ心理学会会長)が,この軍事企業の取締役に就いていたと報道されています.
BBCの報道によれば,この2人の心理学者は「学習性無気力(learned helplessness)」をモデルとして尋問技法を考案したそうです.睡眠を奪い知覚を混乱させ,自尊心を否定する過酷な処遇によって,無気力や絶望感を学習させ尋問者の言うなりにしようと考えたようです.
イヌを被験体とした学習心理学の実験を行って学習性無気力を発見し,理論化したアメリカの心理学者M.セリグマン(元アメリカ心理学会会長)がこの2名の心理学者に助言した,とも報道されています.
詳細については拙論文「心理学と社会的実践:批判心理学と理論心理学の立場から」をご覧ください.「心理科学」34巻2号(2013)に掲載されました.