2001年にアメリカを襲った9.11同時多発テロの直後に,チェイニー副大統領がテレビの報道番組に出演して「対テロ戦争には闇の側面(ザ・ダークサイド)がある」という趣旨の発言を行いました.
この後,「ダークサイド」は21世紀にアメリカが戦う対テロ戦争を語る際に頻用されるキーワードになりました.
「闇の側面(ザ・ダークサイド)」が意味するものの一端を,やがてテロ容疑者への凄惨な尋問が明らかにしました.
対テロ戦争におけるテロ容疑者の尋問を主題とするアメリカの長編ドキュメンタリー映画「タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド」(アレックス・ギブニー監督,2007)を,ご存知でしょうか?
2008年にアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞した秀作です.家族で楽しめる娯楽映画ではありませんが,現代の戦争の一面を知るうえで見ごたえのある作品です.
2002年,対テロ戦争の渦中でテロ容疑者に間違えられて拘束されたアフガニスタンのタクシー運転手にアメリカ兵が過酷な尋問を行い,死に至らしめた事件を扱っています.
英語版をDVDで視聴できます.優れた作品なのですが,日本語版は発売されていません.
タイトル:Taxi to the Dark Side
監督: Alex Gibney
脚本: Alex Gibney
販売元: Velocity / Thinkfilm
発売日 2008/09/30
2002年12月1日、アフガニスタンの農村出身の青年ディラウォル氏(享年22歳)はタクシーを運転して3人の客を乗せて働いていたときに,テロ容疑者に間違われて米兵に拘束され,バグラム空軍基地の拘禁施設に収容されました.
そこで拷問を受け、5日後に死亡しました.
ディラウォル氏が殺害された尋問を発端として,A.ギブニー監督はバグラム収容所やイラクのアブグレイブ収容所,キューバのグアンタナモ収容所などで同様の過酷尋問が行われるようになった過程や背景を解明していきます.
尋問によってディラウォル氏の他にも,多数の被尋問者が死亡していたことを,この作品が知らせています.
長年,アメリカは戦争捕虜を人道的に処遇する国として知られ,その点で尊敬を集めていました.しかし9.11後の対テロ戦争では,テロ容疑を掛けられた人を虐待するようになりました.
その原因を探るために調査を始めたギブニー監督は,ディラウォル氏が殺害された事件が突発的に起きた事故ではなく,アメリカ政府の政策決定者が決めた過酷な尋問を許容する政策が来したものだ,と気づきました.
激しい虐待を受ける収容者の映像や,虐待によって死亡した被害者の遺体の写真も作品の中に収録されています.対テロ戦争における「国家安全保障に関する尋問」で,実際に何が行われていたのかが推察されます.
映画には「水責めは拷問ではない」という法律論を考案してアメリカ国内法の下で「過酷尋問」を合法化した司法省法律顧問ジョン・ユーや,1950年代に軍事・情報セクターから研究資金を得て感覚剥奪実験を行い,「心理学的拷問」への道を開いた著名な生理心理学者ドナルド・ヘッブも登場します.
アメリカにおける拷問の歴史を究明し,「アメリカ的拷問」の特徴は「心理学的拷問」だと述べたことで知られる歴史家アルフレッド・マッコイが,過酷尋問が広く行われた背景を説明しています.
マッコイはヘッブの実験から洗脳や尋問の技法を開発したCIAの巨大プロジェクト「MKウルトラ」へと発展し,さらに悪名高いCIA尋問マニュアル「KUBARK」が作成される歴史を述べています.
アムネスティ・ジャパンが日本語字幕を付け,2008年ころに各地で本作品の自主上映会が開かれていたそうです.
しかし残念ながら,今のところ日本語字幕版は発売されていません.
この映画を観て「国家安全保障に関する尋問」の苛烈さに,改めて気づかされました.
戦時下の緊迫した状況では「過酷尋問」が安全保障のための必要悪として免責される傾向が認められます.しかし,それが実際には人道に反する拷問だということを忘れてはなりません.